text : Atelier Iris Eternal Mana
[ 一緒にいたい、その理由 ]
薄蒼の髪が揺れる。
気高い紫の髪留めに縛られた、薄蒼の髪。
いつも、オレのずっと前で揺れているのを見ていた。
いつか、その隣に立って闘えるように、いや、追い越していけるようにと、それを目標に日々鍛錬を重ねていた。
賢者の赤水晶を作ることは確かに目標であったけれど、それは錬金術での目的のようなものだった。
強くなることは、男として掲げた目標だった。
相手をする価値もないというように見下してきた、あのムルという男。
そして、一刀のもとに自分を叩き伏せたアーリン。
この2人を越えることがオレの目標だった。
そのうちの1人、アーリンとはしばらく共に旅をした。
アバンベリーというヒンメルの門の向こうに存在する空中都市を目指すという点で、目的が一致したからだった。
ヒンメルの門を開けるには、古の錬金術師イリスの遺した試練を越えなければならなかった。
その過程で、アーリンには幾度となく助けられた。
試練で立ち塞がるいかなる敵も、アーリンがいてくれたおかげで倒すことができた。
『……強く、なったな』
マナの大地から帰った時、アーリンに呼び出された。
どれほど強くなったか、確かめてやると言うのだ。
その言い草が頭にこなかったわけではないけれど、オレには分かっていた。
アーリンと同じ方法では、彼には勝てない。
彼にはない、オレだけの強さで勝負するしかないと。
契約したマナたちの力を借りて、アイテムを生成してそれで勝負した。
それまでの戦いの中で身につけた技術[スキル]を駆使して。
結果、アーリンの膝をつかせることに成功した。
肩で息をするオレに、アーリンは言ったのだ。
『強くなったな』と、彼も息を荒げながら、けれど満足そうな笑みを浮かべて。
どこか、違和感を覚えた。
アーリンは、これほどの強さしか持っていないわけではないはずだ。
けれど、手加減したようには思えない。
何か、他に要因があったのではないだろうか。
『当たり前だ。もっと強くなってやる』
そう思うところがありながらも、オレはそんなふうに意地を張ることしかできなかった。
思えば、その頃から兆候は現れていたのだろうか。
彼にはもう、時間が残されていないのだという兆候は。
アバンベリーにあるイリスのアトリエに到着したオレ達は、そこでアロママテリアというアイテムを手に入れた。
マナの力を増幅するアイテムだ。
アーリンは、それを欲していた。
目的を達成した彼は、オレ達と行動を共にする理由が無くなった。
廃墟と化したかつての繁栄都市を出る間もなく、彼はオレの前から姿を消した。
揺れる、彼の薄蒼の髪。
無駄な動きひとつなく、剣を巧みに操る。
身体の重さを感じさせない動き、どこまでもしなやかで。
思わず、見惚れてしまう。
そんな彼だったのに。
オレが知っているのは、そんなアーリンの後姿だったのに。
何かが壊れる音。
飛び散る、紅い硝子の羽根。
崩れ落ち、膝をつく。
今、オレが見ているのは、一体何なんだ?
あの、石のように、動かない背中は誰のものなんだ?
「アーリン、どうしたのニャ!? 身体が石になってるニャー!!」
ノルンの慌てた声が耳に響く。
「石のように」、見えていたのはオレだけではなかったのか。
悠長なことに、オレはそんなことを考えていた。
「オレのことは、いい……こうなることは、わかっていた……。それより、奴を追え……。オレの願いを……ムルを……頼む……!!」
消え行く声で、アーリンはオレに訴える。
触れるのも躊躇わせる、痛切な声だった。
見つめてくる目は、オレの知るどの目とも違った。
彼は、こんな目をする人だっただろうか。
「クレイン……!!」
アーリンが、オレの名を呼んだ。
現実に、引き戻される。
石に侵蝕されていく、アーリン。
果たされることのなかった願いに、悲痛な顔をしている。
果たされなかった願いを、オレに託している。
――オレは、アーリンの身体に触れることなく、転移の門に身を投げた。
そうするしかできなかった。
本当は。
本当は――――。
新しいダンジョンができたらしいと、デルサスがどこからか情報を持ってきた。
オレ達は、ムルと最後の一戦を交える前に、最終的な準備を整えるためにカボットの本拠地に戻ってきていた。
デルサスのその情報に、オレは見向きもしなかっただろう。
彼が目撃されたという情報がなければ。
転移の門から戻った時、石と化したアーリンの姿はそこにはなかった。
もしや、あのまま風化して崩れ去ってしまったのか。
そんな思いがオレの中を駆け巡った。
けれど、その考えはすぐに頭から追い出した。
そんなことを考えている暇はない、彼の願いを成就させることが先だ――それはタテマエで、本当は、そんなこと、可能性だけでも考えたくもなかった。
アーリンが死ぬなんて、例えばの話でも、そんなこと考えたくなかった。
だから、デルサスのその話に飛びついた。
アーリンにもう1度会えるというのなら、世界が滅びるかもしれないという危機もどうでもよかった。
薄蒼の髪が揺れる。
気高い紫の髪留めに縛られた、薄蒼の髪。
ずっと前で、揺れている。
「アーリン……アーリンだよな」
震えるオレの声に、件の人物は振り返る。
まるで何もなかったかのように、オレの知るアーリンの仕種そのままに。
「こんなところで会うとはな」
本当に、何でもなかったみたいに。
応えてくれる。
語りかけてくれる。
そこにいる。
生きて、くれている。
それだけで、オレは胸がいっぱいになってしまって。
『もう1度、一緒に行こう』
そのセリフを、デルサスにとられてしまった。
一緒にいた方が、ムルに勝てる可能性も高いからって。
デルサスの言葉に、アーリンは頷く。
1度勝手に抜けた身だと躊躇っていたけれど。
誰も、反対するわけがない。
反対するわけではないけれど。
「どうした、クレイン」
先へ進んでいくデルサスたち。
ひとり、ぽつんと離れたオレにアーリンが声をかける。
不思議そうな顔。
あまり表に表情を出さないアーリンの、そんな微妙な表情の変化が読み取れるくらい――
「生きててくれて、よかった」
たったそれだけ言うだけで、涙が出そうになるくらい――
「クレイン……」
アーリンが、オレの名を呼ぶ。
あの時みたいに、最期の声ではなくて。
ずっと、これから先も呼んでくれそうな、生気の感じられる声。
実感できる。
彼が、生きているということを。
「本当に、よかった――」
涙を悟られないように俯く。
嬉しいはずなのに、眦にはどんどん涙が溜まっていく。
どうしようもなくて拳を握っていると、微笑む気配と同時に頭をかき回された。
何も言わずに、けれど、彼の言おうとしていることは分かった気がした。
触れた手から温もりが感じられる。
その温もりに、オレは涙を堪えるのを諦めた。
先を行く仲間たちが、離れているオレたちを不審に思って呼びかける。
すぐ追いつくと、彼らに伝えるアーリンにそっと囁いた。
「――有利だから、一緒に行きたいわけじゃないから」
デルサスに、オレの言いたかったセリフを先に言われてしまったけれど。
「アーリンのことが好きだから、一緒にいたいんだよ」
本当に伝えたいのは、この気持ちだった。
溢れてくる想いは止められなくて。
けれど、追いつかなければデルサスたちが引き返してくる。
泣き顔は見られたくなくて、強引に袖口で涙を拭って、無理矢理顔をあげた。
そこには、困ったような笑みのアーリンの顔があった。
幼子をあやすように、ポンポンポンと、叩くように撫でられた。
こみ上げてくる安心感は、歩き出した彼に手を引かれることによって最高潮に達した。
揺れる薄蒼の髪。
今も揺れている、その髪。
けれど、それはずっと先ではなくて。
今は、オレの隣に確かに在る――
イリスのアトリエ、とりあえずクリアしましたよ記念。
むしろ。『アーリンおかえり記念』です(笑)
だって、嬉しかったんだもん、帰ってきたの。
彼が帰ってきたのが、実際深夜1時過ぎだったんですが(いや、2時だったかな)
それから何かに取り憑かれたように書きまくって、そのまま気づいたら朝だった――てことはなかったですけどね、幸い。
でも似たようなもの、だったかな。アッハッハ!!
アークレなのか、クレアーなのか。自分でも悩むところ。