text : Atelier Iris Eternal Mana

[ Can't help falling in love - side Arline - ]


「アーリンの身体、治してあげられる方法が絶対あるはずだから」

それはもう、日常の口癖となるほどだった。

賢者の赤い石を作るということは、錬金術士として頂点を極めるも同然であり、それ以外にもクレインは様々な高度アイテムを錬成してきた。
もはや、錬金術士として得られるものはスベテ手に入れたと言っても過言ではない。

それなのに、クレインは。

「アーリンの力になれなくて、何が錬金術?
 オレはアーリンの力になりたいんだ。
 オレだけにしかできない、オレだけの力で」

日々、錬金術の知識を貪るように吸収していくクレイン。
スベテは俺のためだと思うと、締めつけられるほど、胸は高鳴り熱くなる。
この瞬間ほど、クレインと出逢えたことを嬉しく思い、自分たちを引き逢わせてくれた運命に感謝することはない。

けれど。

ムルを倒し、世界は救われた。
それだけを目的に生きてきた俺は、ひとつの節目を迎えていた。
生きる目的を失って、同時に自分を見失った、ということはなかったが、それでも何かがぽっかりと抜け落ちてしまったような気がしていた。
これから何をしようと思い倦ねていたとき、ふと、これまでムルを倒すことばかりに思考を支配されていて、世界をロクに見ていないことに気づいた。
それならば、ゼロから世界を見てみよう、という気持ちになり、俺は旅立つことにした。
クレインは、そんな俺と共に行きたいと言ってくれた。

その時既に、クレインと共にあるだけで満たされた気持ちになることに気づいていた。
だから、クレインの申し出に、これ以上ないほどの幸福を感じもした。

けれど。

ホムンクルスとして造られた存在である俺にも、ヒトと同じように浅ましい感情を抱く機能が備わっていたらしい。
共にあるだけでは物足りなくなってしまったのだ。
できるなら、コチラを見ていてほしい。
俺に、微笑みかけてほしい。
俺に、触れてほしい。
触れさせてほしい。

欲望は、どこまでも大きく膨らんでいく。
一方で、クレインはいつまでも変わらない。
少しばかり意地っ張りで、けれども根はまっすぐで。
常に錬金術しか頭にないように、錬金術の視点から物事を見、暇をみては読書に没頭する。

全ては俺のためといっても。
今のクレインを動かしているのが俺への想い故だとわかっていても――……

この日、穏やかな気候の中、前にばかり進むのではなく、たまには羽根を伸ばそう――ということで。
風爽やかな丘に、弁当を持ちがてら、散歩に来ていた。
ムルの一件が落ち着いてから、世界中にマナが満ち満ちているのがわかり、それを受けて、俺の身体も、かつてに比べればすこぶる調子がいい。
耳を澄ませれば、さらさらと風の音が耳元を通り過ぎ、時折小鳥の囀りもそれに運ばれてくる。
丘は瑞々しい緑に溢れていて、薫りもまた心を落ち着かせる。
平和そのものの風景の中、俺とクレインは、小高い丘にぽつりと佇む大樹に身を寄せていた。

折り重なる葉の間から、柔らかな日差しが降り注ぐ。
決して眩しいわけではなく、けれども確かに煌めいている陽の光。
木擦れの音も耳に心地よい。
クレインとは恋人同士ではない、けれど、少しくらい甘い雰囲気にはならないか、と淡い期待を抱いてもいたのだが。
やはりクレインの頭の中は錬金術でいっぱいらしい。
すぐさま持参した錬金術の関連書物を取り出し、その世界に没頭してしまった。

一生懸命な顔は可愛いと思う。
思わず抱きしめたくなるほどに。
その衝動を抑えるのは。
俺の達観した自制心――などではなく。
ただの燻った心の靄――その表情をさせているのが、俺ではないという事実の方だった。
確かに動機は俺かもしれない、けれど、のめり込んでいる対象は俺ではない、錬金術。

仕方なしに、俺はそれと勘ぐられぬようため息をつく。
その表情をさせているのが自分であればいいのに。
2人旅をしてきて、一体何度思っただろう。
彼の全てが自分のものになればいいのに。
これまで、ムルを倒すことのみを目的としてきた俺が、初めてその全てをモノにしたいと思った相手。
全て俺のモノとなるのと同時に、自分も彼の全てになればいいのに。
切ないほど狂おしい想いは、今も時が経つにつれて大きくなり、自分でも制御できないほどになってしまいそう。
自分の手を放れて、いつか一人歩きして、彼を傷つけてしまわないかと危惧しないではいられないほどに。
その勢いは、自分でも信じられない。

錬金術ではない、俺を見てくれ――

錬金術は、彼のアイデンティティを確立しているものの中でも、特に重要なひとつであるというのに。
それすら捨てて、俺一色に染まればいいのにと願ってしまう。

俺は、こんなにも浅ましい存在だったのだろうか。
信じられなくて、誰かに否定してほしくて。

穏やかな風景の中、2人して溶けこんでいるというのに。
俺の頭の中は、それに全く相応しくない乱れた思考に支配されている。
爆発してしまいそうなそれを押さえ込んでくれたのは、やはり自分の自制心ではなくて。別の存在。
今回は、野に遊ぶ野うさぎの子どもだった。

足下に、その小さな身体を摺り寄せてくる。
動物は好きだ。
生きることに忠実で、屈託がないところがいい。
俺に対して警戒心がないのか、手を伸ばしても逃げようとしなかった。

温かい体温。
小さいけれども、確かに感じる規則正しい音。
手にすっぽりと収まってしまう小さな身体に、確実に宿っている生命の息吹。
世界が救われていなければ、ここに存在していなかったかもしれない奇跡。

抱き上げても素直にしている。
鼻をぴくぴくさせて、頬を摺り寄せてもくる。
可愛い、と思う。
けれど。
幻獣に変化したクレインの方がもっと可愛いと、無意識に考えていて。
そこまで彼に堕ちているのだと自覚させられる。
いつも動物に接していれば穏やかになるはずの心も、もうそれだけでは決して満たされることがないことに俺は気づいていた。

俺の心を満たしてくれるのは。
もう、彼しかいないのに。
その彼は、今、俺を見てくれることはない。
彼の心を支配しているのは、錬金術で、俺ではない。

今の心を的確に表現する言葉は見つからない。
普通の人間ならどう表現するのだろう。
考えながら、俺は一心に錬金術の本を読み進めているクレインを視界の端に捉えていた。





胸を締め付けられる、けれども甘く、それが心を占めることによって、彼のことが好きだと気づかされる。

これが、嫉妬――?



これを書いてた時の記憶が、今ではもう定かではないのですが。
今読み返してみれば、『アーリン、人間らしくなっていく ノ巻』と題するのがベストだったのではないかと思えます(笑)
ムルを倒すまでのアーリンには人間らしい感情があまり備わっていなかった――みたいなカンジで書いてたのかなぁ。

アーリン編、ですので、クレイン編もあります。
よろしければそちらもどうぞ。