text : Atelier Iris Eternal Mana

[ Can't help falling in love - side Krein - ]


どうしよう。

ここのところ、オレはずっと焦っていた。
もちろん、ピクニックと称して散歩に来ている今だってそうだ。

何故って、アーリンと2人きりだから。これ以外に理由があるだろうか。

ムルを倒して、世界を危機から救って。
オレたちの旅はとりあえずの終局を迎えていた。
ノルンはゼルダリアの元に戻って、錬金術の修行に励んでいるというし。
マレッタはカボットの街で兄に代わり、騎士団を統制している。
風の噂によれば、デルサスもその騎士団を陰ながら支えているという。
リイタも、カボットの街にいる。
いつのまにか仲良くなっていたビオラと楽しく暮らしているらしい。

そして、アーリンは。
世界を見てみたい、と言って旅立とうとしていた。

その頃のオレにとって、世界の何もかもがアーリンを中心に回っていると言っても過言ではなかった。
錬金術の研究をさらに進めたい、という思いもあるにはあったが、アーリンへの想いに比べたらどうでもいいことも同然だった。

一度、別れて。
一度、喪ったからだろうか。
もう、離れたくなかった。

だからオレは、無理を言ってアーリンの旅に同行していた。
オレの力で、ホムンクルスという枷からアーリンを解放してあげたかったし。

正確に言えばそうではないのだけれど。
こうしてアーリンとオレの2人旅が始まった。
それ以前から、漠然と2人で過ごす生活を夢見ては嘆息していたけれど。
まさか、その夢のような幸福な時間に、こんな弊害が伴っていたなんて。
少し前のオレは想像もしていなかった。

弊害、と言っても。
世界の崩壊がかかっていたあの頃にあった様々な出来事に比べれば、本当に些細なことに過ぎない。
何の関係もない人なら――いや、もしかしたらアーリンだって、これを聞けば呆れると思う。
それくらい、考えようによっては幸せな悩み。

顔が、どうしてもあげられないのだ。

緊張して、というのもある。
それもあるけれど。

最近、アーリンは、よく怒ったような貌をしている。
その怒った表情を、オレは見たくないのだ。
いや、どんな貌をしていようと、アーリンがカッコいいってことに変わりはないのだけれど。
アーリンが怒っている原因というものに、思い切り心当たりのあるオレとしては、なんとか機嫌を直してほしいと思ってしまう。
確かに怒っているアーリンもカッコいいとは思う、けれど、微笑んでいる顔の方が、オレはもっと好きだから。

とは言っても、アーリンを怒らせているだろう理由が、今のオレの存在自体にあるだろうから。
それも簡単にはいかないのかもしれない。

オレは、無理を言ってアーリンの旅に同行している。
オレがそう申し出たとき、優しいアーリンは嫌そうな顔など微塵も見せなかったけれど。
本当は、アーリンは1人で行きたかったのかもしれない。
旅立ち当初は構わないと思ってくれていたとしても、いい加減、つきまとうようにしているオレに嫌気がさしたのかもしれない。

その反面、オレはと言えば。
アーリンと一緒にいられるというだけで幸せだった。
その感情を、表に出さない自信が、オレにはまったくない。
苛ついているのに、オレのそんな貌を見せつけられたらどう思う? 
どんな人間だって、苛立ちはさらに深くなるだろう。

顔をあげられない理由はまだある。
アーリンの顔を見たら、一度でも視線をかち合わせようものなら。
次にアーリンから視線を外すのに、一体どれだけの時間と労力を費やすかわかったものじゃない、というのがある。
彼の魅力は、オレを捕らえて離さない。
惹きつけられて仕方がない。
何時間でも見とれていられる。
しかし、そうなると。
ただでさえ無理を言ってついてきた旅の日程を狂わせることになる。
足を引っ張ることになる。
そんなことにだけはなりたくなかった。

だからオレは、アーリンとは別のことに考えを持っていかなければならなかった。
その対象となったのが錬金術だった。
もともと、アーリンに出会うまで、オレの意識の大半を占めていたのが錬金術だから、それに集中するのはまだ楽な方だった。
没頭していれば、何とかアーリンのことは考えなくて済む。
だから、オレは錬金術関連の書物を手放すことができなくなっていた。
本当なら2人きりでドキドキしているだろう時間も、休憩のために立ち寄った場所でも。
少しでも時間のある時は――アーリンのことを考えてしまいそうな可能性のある時は、いつも。
錬金術に没頭しているしかなかった。
そうしなければ、アーリンと顔を合わせてしまう。
果ては、あられもないことを考えてしまう。
そんなオレを、アーリンは軽蔑するだろうから。
そんなオレを、アーリンに曝すようなことだけはしたくなかった。

この日、オレたちはお弁当を持って、滞在していた街の近くの小高い丘に来ていた。
気候の穏やかな地域で、これ以上ないほどにいい天気で。
豊かな自然と、世界に満ちるマナを感じながら、丘の頂上に佇む大樹に身を寄せていた。

さらさらと、木擦れの音が聞こえる。
穏やかな風が木々を揺らし、その風が頬を撫でていくのがわかる。
きっと、アーリンの艶やかな髪も、その風に靡いているのだろうな、と思ったところで我に返る。
いけない、これ以上考えていたら。
何をやらかすかわかったものじゃない。
そう考えたオレは早速錬金術の研究に没頭することにした。

錬金術に没頭することで、浅ましいことを考えなくて済む、という利点があるけれど。
それとはまた別に、アーリンを苦しみから救ってやるという目的に一歩でも近づける、というものがある。
アーリンの旅に同行したのは、もちろんアーリンと一緒にいたいという想いが第一だったのだけれど、そんな理由は本人に言えるわけもなく。
リイタにしてやったように、アーリンにも普通の人間として暮らしてほしい、それを実現するために、一緒に行くのだ――そう説得して同行してきた。
そのために錬金術の研究をしている、と思われるのは好都合なことだった。
もちろん、その理由はタテマエだけの話、というものでもなく、オレは本気でアーリンに普通の人間として暮らしてほしいと思っているけれど。

そう、没頭して、錬金術のことだけを考えなければいけないのだ。
だから――……隣で野うさぎと戯れているアーリンのことなんて、気にしちゃいけないんだ。

2人きりで旅をしているからって、大勢で旅をしていた頃と何か変わったわけでもない。
アーリンは相変わらず物静かで、自分から話しかけてくれるということはほとんどない。
オレが錬金術に集中していると、その事情を理解してくれているから、それを邪魔しようということも考えていない。
オレが本を読み始めれば、静かに、それを見守るようにして側にいてくれる――そんな生活が続いていた。
だから、今日も。
オレが本を読み始めると、しばらくは物思いに耽っていたようだった。

そんな彼を、オレは責める気なんてさらさらない。
むしろ、そんな空気を纏えることを、オレは嬉しく思っていた。
何にも代え難い貴重な時間。
オレとアーリンだけが作り出し、纏える、穏やかな時間。
身体の隅々で、アーリンの存在を確かめることができる。

そんな幸せな時間に、闖入者が現れた。
その一匹の小さな野うさぎがやってきたのは、オレが本を読み始めてからいくらも経たないうちだった。
警戒心なく身体を摺り寄せてくる野うさぎに、アーリンがやわらかく微笑んだ。
顔は本に向けられていようと、アーリンの僅かな表情の変化を逃すようなオレではない。
けれども、この時だけはそんな自分の健気さを悔やみもした。
アーリンのその表情に、胸が高鳴って仕方がなかったのだ。

心臓の音が、身体を突き破ってアーリンにも聞こえてしまうのではないかとハラハラして。
錬金術のことを考えろと自分に言い聞かせる。

けれど。
こうして、アーリンではなく錬金術に集中させなければならない、と考えている時点でしっかりアーリンのことを意識しているわけで。
目が追いかけている文字の羅列も、ほとんど頭に入らない。
アーリンを救うために、少しでも多くの錬金術の知識を手に入れなければならないというのに、全然理解できない。
集中しようと焦るほど、余計に焦ってしまう。

横目でちらりと盗み見たアーリンは、とても穏やかな表情をしていた。
オレと一緒に旅に出てから、それほどの表情をオレに見せてくれたかどうか。
アーリンが動物好きだということは百も承知だ。
けれど。
だからって。
オレにも見せてくれたことのないような微笑みを、ソイツに見せてやるって言うのか!? 

何でもないように装っていたけれど、それも限界が近かった。
心の中では、ふつふつと、怒りが爆発寸前まで温度を上げている。
野うさぎを抱き上げ、顔を寄せた時なんか卒倒しそうになった。
そんなことならオレが幻獣になるから! オレにしてくれよ! ――と。思わなかった、なんて言ったら嘘になる。
どう取り繕おうが、それが今のオレの本心だ。

アーリンを怒らせているだろう原因はオレ。
アーリンにそんな穏やかな微笑みを浮かばせているのはその野うさぎ。
わかっているけれど、心に渦巻く思いは止められない。





胸を締め付けられる、けれども甘く、それが心を占めることによって、彼のことが好きだと気づかされる。

それが嫉妬という想いだということは、十二分に理解していた。



そんなわけでクレイン編、でした。
どちらからでも読めますよ、とか言いつつ、話の流れとしてはアーリンside→クレインsideで書いてたので、 できればソッチの方向のが違和感ないかもしれませんね。

〆を同じカンジにしてみたかった、という思いがあった(と思う)ので、どちらも結構無理やりな感が否めませんね(汗)
この2話の続編もあるので、よかったらそちらもどうぞ。
(アーリン編がまだの人はそちらも読んでから続編 って流れがよいと思われます)