text : Atelier Iris Eternal Mana

[ それとも、愛を語るより…? ]


「はあぁぁぁ――……」

世界のどんな海よりも深いだろうため息を、クレインは漏らしていた。
立ち寄った街の近くの丘へピクニックがてら散歩に来て。
2時間が経とうとしていた。

「どうしたのさ、クレインー。
 らしくなくため息なんかついちゃってさ」

声をかけてきたのは、クレインと兄弟同然に過ごしてきた木素を司るマナ・ポポである。
明るく間延びした声は、平素ならばさして気にしないのだが。
こうして落ち込んでいるときにはいやに神経を逆撫でする――そんな思いを視線に込めて、ポポをじろりと一瞥した。

「そんなにオレは普段、悩みを持っていなさそうに見えるのかよ」

「元気が取り柄だものねぇ。
 ……って、何だよクレインー。
 何も、元気『だけが』とは言ってないだろ〜?」

そんな睨まなくても〜 と、あまりにその視線が痛かったからなのか。
姿を現したばかりだというのに、ポポは早々に姿を消していった。
何なんだ、と思いつつ、クレインは、自分が苛ついていることを十分理解していた。

こんなに苛ついているのは、自分に対して。
だから、他の何にあたるつもりもない。
けれど、結果としてポポに当たってしまったことになる。
彼には悪いことをしてしまった、と思いながら、さらに自己嫌悪の中に落ちていく。

ちらり と視線を横に向ける。
やわらかい日差しが揺れる中、アーリンが眠りについていた。
穏やかな寝顔、みんなで旅していたときよりもそう見える。
恐怖や焦り、悩みの感じられない、静かな寝顔。

その様子を見て、またため息。
自分がこんなに悩んでいるっていうのに――いや、彼が悩んだりしてないなら、今自分が抱えている悩みも幾分か軽くなるけど。
いやいや、そうじゃない。それもまた問題だ。

ぐるぐると二転三転する思考、それに伴ってクレインの表情もくるくる変わる。
傍目にはおもしろいことこの上ないが、当事者にしたらそれどころではない。

「アーリンに関することか」

うんうん唸っていると、クレインのその様子に業を煮やしたように時素を司るマナ・ラプラスが姿を現した。
彼(と言っていいのかはわからないが)は、ポポをはじめとする他のマナたちのように自ら進んでクレインに姿を見せることはない。
立場的に協力しているというだけで、ラプラスが行動を共にしているのはアーリンなのだ。

アーリンに関することならば放ってはおけないのはラプラスもクレインと変わらないらしい。
だから、こうして姿を見せたのだろう。
だがしかし、今のこの彼の登場は、クレインの悩みをさらに深めることになってしまう。
もちろん、そんなことはラプラスの与り知らぬことではあるのだが。

「ラプラス、ラプラス……いいよなぁ、ラプラスは」

錬金術の本を放り出し、クレインは膝を抱え、顔を埋めた。

「どうした。らしくない」

「ラプラスまで言うか〜?
 オマエらに……ていうか、他のヤツらに、オレって一体どう見られてるわけ?」

そして、アーリンには、一体どのように見られているのだろう。
喧しいだけの、お節介野郎?
そうなら……オレ、死ぬ――クレインはどんどん思考がネガティブになっていく。

「一体何を考えているのだ。
 他のマナたちも心配しているぞ」

「……うん、それはわかってる。
 ていうか、感謝してるよ。
 でも……ぅうー……」

「話せないこと、というわけか。
 ポポにすら話さないくらいだからな。
 私などが聞いても――」

「……いや、ラプラスになら話せないでも、ない、けど」

「ほう?
 それはやはり、アーリン絡みのことだからか?」

「う、うん……」

これはクレインが密かに思っていることであって、他の誰にも言えないようなことなのだが。
今まで出会ったマナの中で、一番しっかりしているのがこのラプラスだと思っている。
ファナトスらもしっかりしていると思うが……しっかりしているマナたちは、多くは女性だったりして。
なかなか話せるものではない。
男性性を持っているマナは……落ち着きがなかったり、年齢(?)的にゾーンから外れていたりで。
どうにも相談しにくいのだ。
そういう点では、ラプラスほどの適任者はいないと思う。

それに――。
ラプラスは、これまで。クレインよりも長い間、アーリンと過ごしてきたから。
彼に関することを訊くならば、ラプラスをおいて他にいないと思う。

他にはいないと思うけれど。
そこがまた、気持ちに荒波をたてる原因にもなるのだけれど。

「ちくしょー…… アーリンもカッコいいけど、そのアーリンが一緒にいてもいいって認めてたくらいだから――」

ラプラスもカッコいい、と思う。
これも誰にも言ったことはないが。
クレインは、ラプラスに対して。
憧れと羨望と、嫉妬の入り交じった感情を持っている。
他のマナに対しては、友好とかそういうプラスの感情しか持っていないけれど。
ラプラスに対しても、そういったプラスの感情は持っているけれど。
それよりも、「ラプラスはアーリンにとって特別な存在だ」という事実に目がいってしまう。

あの時。
何もできなかった自分。
アーリンの、願いを成就させるため、彼に触れることも叶わなかった自分。

対して。
石化の果てに待つ死から、アーリンを救ったラプラス。

アーリンにとって、一体どちらが大きな存在だろう、と比べずにいられない。

やっぱりラプラスかな。
命を救ったのだから。
オレじゃないのかな。
オレだったらいいのに。
でも違うよな。
重みが違うし。

不安になって、アーリンの一番になりたくて。
そうして旅に強引についてきたけれど。
こうやって押し掛けてきた自分を、アーリンは鬱陶しく思っているかもしれない。

やっぱりオレじゃアーリンの一番にはなれないのかな。
旅に出るようになってから、アーリン、ずっと怒ってるみたいに思うし。
オレがついてきたのがいけないんだろうな。
ラプラスと2人きりのときは、もっと笑っていたのかな。

思えば思うほど、思考はネガティブな方向へと進んでいく。
ネガティブに考える暇があるというのなら、少しでも早くアーリンをホムンクルスという枷から解き放ってあげられるよう、錬金術の研究に勤しめればよいのだが。
普段直視できないアーリンの寝顔を盗み見たい、という想いがクレインを錬金術に集中させてくれない。
アーリンの安らかな寝顔を見ているうちに、自分はアーリンにこんな表情をさせてあげられるのだろうか、とまた考えてしまう。
寝ている間は何も考えなくて済む。
クレインのことを考えなくて済むから、アーリンの寝顔はこんなにも安らかなのかも。
そうして思考はまたドツボにはまっていくのだった。

「かなり煮詰まっているようだな。
 アーリンを想うあまり、そこまで苦しんでいたのか」

「うん……って、ぇえッ!?
 ラプラス、どうしてオレの考えてたことッ!」

「自分から話したのではないか。
 自覚なかったのか?」

「う、うそ。
 心の中で思ってただけなのに……オレ、声に出してたのか……?」

「……これは重症だな」

嘘だろー!? 身悶えるクレインを横目に、ラプラスは深く息をついた。
クレインの、アーリンに対する気持ちについて、ラプラスはもちろん気がついていた。
本人が隠している、という素振りを見せないから、彼自身周知のことだと自覚しているのだと思っていたのだが。
彼は、隠しているつもりはないが、気づかれてもいないと思っているらしい。
アーリンへの好意があまりにあからさまだから、気づかない方がおかしいとラプラス自身は思うのだが。

むしろ、ラプラスを驚かせたのは。
クレインが、そのようなことで悩んでいるということだった。
アーリンがクレインの同行を許した時点で、アーリンがクレインに対して特別な感情を抱いているというのは確かだった。
自分とアーリンは、命を救い救われて、という滅多にない関係ゆえだ。
恋愛感情がどうとかいう問題ではない。
しかし、アーリンのクレインに対するそれは、命がどうのこうの、という否応ない関係ではなく、感情的な問題――つまり恋愛感情故だった。
そもそもラプラスと比べる時点でおかしいのだが――そういうすべてをひっくるめた上で、クレインはアーリンの一番になりたいというのだろうか。
それともただ単に、基準が違うのだということに気づいていないだけなのか。
クレインは聡いから――たとえ勘違いから気づいていないというのなら、すぐさまそれに気づくだろうし。
すべてをひっくるめてアーリンの一番になりたいというのも、クレインにとって、それを現実にするということは、そう難しいことではないと思われる。
だから、自分が出る幕でもないと思うのだが――。

どうすればいいんだー! と、どんどん沈み込んでいくクレインを見、静かに眠っていると思われるアーリンに視線を向けた。

 ――仕方ない。これもクレインのため、そしてアーリンのため、だな。

息を吐き、ラプラスはクレインの肩に手をかけた。

「そう悲観することもない。
 今までのことはともかく、これからは、クレインの方がアーリンにとって特別な存在になる」

「……下手な慰めはいらないよ。
 オレにはラプラスみたいに強い力はないから」

どうやら、アーリンの時を戻し、石化から救った時のことを言っているらしい。
投げ遣りに言うクレインにラプラスこそ、そんなもの、と吐き捨てる。

「私にはそれしかできない、ということだ。
 時に関することでしか、力になることはできない。
 時を戻せば、あとはアーリンに委ねるしかできない。
 最後まで、力を貸してやることはできない。
 時を戻すことによって死ぬかもしれないから、最後まで力を貸せない、という理由の方が大きいか」

「そんな――! そんなことないだろう!
 それだけで十分すごいことじゃないか!
 時が戻れば、って考えることはたくさんある。
 やり直せれば、って思うことはたくさん!
 それだけで、全然――」

「本当に相手のことを想っているのなら、最後まで付き合いたいと思うじゃないか。
 私には、それができない。
 だが、クレインはどうだ――?」

「――オレ?」

「そう。
 確かにクレインは時を戻すという力を持ってはいない。
 それに匹敵するような力も、今はまだ。
 けれど、今は、というだけで、時を戻すに匹敵する力を得るかもしれない。
 いや、匹敵するどころか、もっと優れた知識と技術をモノにする可能性だってある。
 私は時を操るしかできないが、クレインにはもっとたくさんの可能性が秘められている。
 私には、そちらの方が羨ましいと思う」

クレインの方を向きながら話していたラプラスは、おもむろにアーリンに視線を向けた。
それにつられて、クレインもアーリンを見る。

「私にはアーリンを完全に救ってやることはできない。
 けれど、クレインは、それを成し遂げることができる。
 それは、誇りに思っていいことだと私は思うが」

「でも、アーリンが迷惑だと思っているかもしれないじゃないか」

しゅん、と項垂れるクレイン。
ラプラスは嘆息する。

「本人にそう訊いたのか?
 少なくとも、アーリンが同行を許した時点で、迷惑などと思うわけがないと思うがな」

「でも――」

「クレインが恋い慕うアーリンというのは、そのようなことを考えるような人間なのか?
 オマエが一番アーリンのことを考え理解しようとしていると思っていたが、私はオマエを買い被っていたということか?」

項垂れてしまったクレインに、背後から感じる気配が冷たく鋭敏になった気がした。
が、ラプラスはそれには気付いていないフリをする。
キツイ言い方だというのは承知している。
先程だって、下手な慰めはいらないとクレイン本人が言っていたことだ。

時間にして数十秒、キッとクレインが強い眼差しを向けてきた。

「こんな……こんなふうに悩んでるってことで、確かにラプラスを失望させたかもしれない。
 けど、けど!
 アーリンを想う気持ちだけは……認めてほしい。
 今のオレには、それが、一番大事なことだから」

「だったら、その気持ちのままに、アーリンを信じていればいい。
 オマエの抱えている悩みなど、すぐに解消されるはずだ」

そう、クレインは、自分で自分を奮い立たせる必要がある。
こうして自信を持ち、前に進んでいく、それこそ、クレインの美点なのだから。

フッと微笑み、ラプラスはクレインの額を押した。
不意打ちなその仕種に、クレインはバランスを崩し、後ろにひっくり返った。

「アーリンが、オマエが悲観しているように思っていないことは事実だ。
 だから、安心しろ。
 そう深みにはまっていくのは疲れているからだ。
 今くらい、ゆっくり休んだらどうだ」

「でも――」

「まだ何かあるのか。
 時を司るマナである私が、安息の時を約束してやろうというのに。
 勿体ないことを言う」

「え」

「目覚めた時には、悩みなど解決しているように。
 誰にもオマエの眠りを妨げさせない。
 だから、眠れ」

「……なんか、ラプラスらしくないんじゃないか?
 そんな恥ずかしいこと――」

「こんな恥ずかしいこと、冗談にも言えないだろう。
 それでもまだ信じられないのか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど」

「だから、安心して眠るがいい」

「……うん。ありがとう、ラプラス。
 オレがこんなだから、そう言ってくれるんだよな」

「私は真実しか口にしないつもりだが?」

それでも仕種は正直に、クレインから視線を外してしまう。
そんなラプラスに、クレインは微笑を浮かべた。

 ――本当に、ラプラスはカッコイイ。
   さすが、アーリンが一緒にいるだけある。
   けれど――けれど、彼にも思うところがあるんだよな。
   アーリンのために、できないことがあって。

自分もラプラスも同じなんだ、と思ったら。
慰め励ましてくれたラプラスにお返しがしたいと思った。

ラプラスがくれた優しい気持ちと穏やかな雰囲気に、だんだんと眠りが思考を支配していくけれど。
その頭の中から、クレインはラプラスに贈ることのできる言葉を探し出した。

「ラプラス……さっき、自分はアーリンを完全に救うことができない、って言ってたけど……それ、心配しなくていいと思う」

「…………」

「最近、わかってきた、ことなんだけど……
 アーリンを、救う、ための、錬金術で、時素が必要かも、しれないんだ……
 ラプラスの力がないと、アーリンは、救えないよ……」

「そうだな。
 その話は、目覚めてからでいい。
 今は安らかに眠れ」

「うん。ほんとう に…… あ り が と う … … … …」


     


「そういうわけだ。
 目覚めた時には、彼が金輪際悩まないように、きちんと対処してやるんだぞ」

クレインが眠りに就いたのを確認して、ラプラスはアーリンを振り返った。
アーリンは相変わらず横になってクレインとラプラスには背を向けていたのだが。

「……わかっている」

どうやらアーリンが狸寝入りをしていると知って、クレインとあのような話をしていたらしい。
目覚めていながらアーリンがラプラスを振り返らないのは――顔を赤くしているから。
それに気付いているラプラスは、まったくこの2人は、と溜息をこぼす。

「互いのことを想っていて、気持ちが繋がっているというのは素晴らしいことだろう。
 けれど、言葉にしなければ伝わらないということもあるだろう」

「そう、だな――」

ラプラスが姿を消したのと同時に、アーリンは身体を起こした。
傍らの、安らかな眠りに就いているクレインに眼差しを向ける。
なめらかでさらっとした太陽に愛された頬、静かな吐息の漏れる珊瑚色の唇。
愛しく想えるけれど、もっと自分が好きなのは。
自分を映してくれる深海色の瞳だった。
眠っている今、それが開かれることはないが……それでも、クレインのすべてが愛しい。

「まだ、言葉にしたことはなかったか――」

クレインからは伝えられた、あの言葉。
それと同等、いや、それ以上の想いを、自分もクレインに抱いていると。
自分が言葉にしていないせいでクレインが苦しんでいるなら、すぐさまそれを取り払ってやりたい。

今、寝顔はとても穏やかだ。
夢を見ているのだろうか、見ているのなら幸せな夢であってほしい。

疲れているだろうことは、アーリンとて承知だから。
その眠りを妨げないように、そっとその頬に触れた。
本当は唇を寄せたかったけれど、眠っている時にするのはクレインに可哀想な気がしたから。

「目覚めたら、たくさん話をしよう。
 得意ではないが――オマエが望むなら、飽きるほど……愛を囁こう」

だから、オマエもその瞳に俺を映していてくれ――心の中でそう願った時、小さく、クレインが微笑んだような気がした。



クレイン、別人ですよね。こんなだったか?違うだろ、とセルフツッコミ。
まぁそれも、長らくプレイしてないからなんですけどね。
手元にないんですよ、今(泣) 中古でいいから買ってこようかなぁ。

マナの中ではラプラスが一番好きです。
外見ではシルウェストも好き、かわいい。
ファナトスも好き、かっこいーおねーさんで。ていうかみんな好きですけどね。
姿隠してるけど、みんなクレインの傍にいるんですよね。
だから、いちゃこいてても、全部筒抜け? いやーん(笑)
クレインはきっと気付いてないでしょうね、そのことに。そういうトコ、天然であってほしいです。
ていうか、そうでないといちゃこけないでしょう?

何気にアーリンも別人……なんでこんなクサいセリフ素で吐けるんだこの人わ……