text : Atelier Iris Eternal Mana

[ departure ... with Chaos ]


人を寄せ付けない霊峰の、そのまた向こう。

忘れ去られたその遺跡の、封印された扉のさらに向こう。

そこに聖域を作った。
真紅のマスターとなることで、高度のセキュリティシステムを作動させ。
もとより侵入できない遺跡に、さらに踏み込ませないための仕掛けを作った。

機械兵士によるガード。
その先に眠るは最愛の妹。

魂の離れた身体に防腐処理を施し、時を止めて。
いつか再び、その瞳が自分を映してくれると信じて。

寝台とその周りは、妹が大好きだった花で埋め尽くした。
目が覚めたとき、最初に目に映るのが美しい光景であるようにと。

妹の中の時は止まったまま、自分と世界を取り巻く時は、変わらず進んでいく。
真紅のアゾットを手に入れ、打開策を見出し、目的に近づいているというのに、胸の中に募るのは焦りばかりだった。

自分にとって、何より大切なのは妹だった。
そのために何かを犠牲にするのは厭わない。
たとえそれが、自分の身体であっても。
再び、妹が笑いかけてくれるのなら。





次にここに来る時は、イコール、リエーテが目覚める時でもあった。

ベルクハイデにある錬金術の知識は貪りつくした。
それでもリエーテを蘇らせる知識は得られなかった。
たとえ得られても、錬金術の絶対的な前提となっているマナの力が欠けているのだ、もうガルドの封印を解くほか方法はなかった。

この世界に無いのなら、ガルドにあるはずだ。
無のマナ、リリスの力を得られれば、人を甦らせることも可能になるであろう。

全ての決意を胸に、眠るリエーテに誓った。
次に来る時は、お前を蘇らせる時だ、と。

次に来る時には必ず、お前の笑顔を再び見られるのだと。
それだけが、ケイオスを動かすすべてであった。

だが。

あの時の固い決意はどこへ行ったのだろうと、全ての戦いを経たケイオスは皮肉に思う。
蘇ると信じていたのに、眠るリエーテを見下ろす自分は今、それが叶わないことを知ってここにいる。
リエーテを蘇らせられない原因は、すなわち自分が亡びているからだと――それしか原因を思いつけなかったのに。
「諦めて」ここにいるなんて、あの時の自分は想像できただろうか。

世界の命運を左右する戦いの最中、ケイオスは世界を脅かす存在をその内に宿していたため、深い傷を負った。
奇跡的に助かったのは、その傷を負わせた「勇者」らが、早急に応急処置を施したからだ。
「勇者」の目的はケイオス打倒ではなく、ケイオスに宿る「元凶」の破滅だったから。

そのまま共に滅ぼしてくれたらよかったのに。
そうすれば、これまでの自分を振り返ることもなく、無に還ることができたのに。
もう蘇らせることができないのだと残酷な事実を突きつけられて――その事実を知るためだけに、多くの犠牲を強いてきたのだと、思い知らされることもなかったのに。

最後の戦いの後、ケイオスはガルド――エデンの枢機院に身柄を運ばれた。
糾弾されるためではない。
治療のためだった。
今にも深い眠りに落ちそうな、混沌と覚醒の狭間を彷徨っていた彼を誰も責めることはなかった。

――それが、いっそ苦しかった。

そして。

目覚めるたびに、目の前にはあの瞳があった。
心配そうに見つめる、深海色の瞳。
これまでに見た、どんな瞳とも違う。
どうしてそんな瞳で見つめるのか、考えるたびに胸が軋んだ。

自分たちは敵対していた。
初めは取るに足らないと見下していたが、瞬く間に力の差は縮まっていった。
次第に気を抜いては戦えないようになり、やがては互いに譲れぬ願いのために本気で戦った。

見つめてくる目は、揺るがない信念の下、まっすぐに。
黒瞳に、光が差すと蒼く煌く。
実力は伴っていないと思いながらも、最初から認めていた、その視線だけは。

同じアゾットを携えし者という点を除き、気にかける点があったとしたら。
その、瞳だけだった。

その瞳しか、自分は知らなかった。
知らなかったこそ――違う瞳ばかりがちらついて、苦しさが、より増した。

リエーテの遺体を埋葬してやらなければ――そうするには、封印の遺跡に足を踏み入れなければならないわけで。
それは、あの日心に灯した決意の炎をかき消すことと同義である。
そして、残酷な事実を受け入れることとも。

しかもそれを、言い訳のようにして枢機院を抜け出したのは。
ただただ逃げたかっただけなのかもしれない。
あの、揺れる瞳から。

衰弱し、傷つききった身体で霊峰を越えるのには無理があったが。
今は力の源となる赤水晶は砕けてしまってはいるが、それでも錬金術の粋を集めて作られただけあって、アゾット剣の切れ味は衰えてはおらず。
それに助けられながら、ケイオスはリエーテの眠る場所へと向かった。

多くの酸素供給を必要としている身体に、むせ返るほどの花の香りは些か毒でもあった。
それでもケイオスの身体は前へと進む。
愛しい妹の亡骸の許へと。

横たわる妹は、魂宿らぬ身体だというのに、いつまでも美しかった。
それは、運命に逆らおうとした自分が施した技術によるものだから、ケイオスとしては平仄の合う話ではあるのだが。
妹だからこそ美しいままでいられるのだと、兄の欲目で思ってしまう。

だが、いつまでもこのままにしておく訳にもいかなかった。
蘇ることがないのなら、せめて安らかに眠ってほしい。
自分の我侭で、いつまでもこの世界に縛り付けておくわけにもいかない。
何より――解かれていた入口の封印。
誰かが、侵入した。
何処の誰とも分からぬ者が、リエーテの姿を見た。
それが我慢ならなくて。
生きて話しかけてくれないのなら、自分以外の誰にも、その姿を見せたくはなかった。
たとえ、自らが亡き者になった時、ここを訪れるだろう誰かに想いを吐露したくて。
手記をその誰かに宛てて残したとはいえ。
自分が生きている間に、自分の知らない誰かがリエーテを見、あまつさえ触れるようなマネをされては――。

身体は思い通りに動かないけれど。
それよりもリエーテをきちんとした処に眠らせてやるのが先だ。
軋む身体に鞭打ち。
ケイオスはリエーテの身体に手を伸ばす。

と――――。

その枕許に、液体がなみなみと注がれた小瓶が置いてあるのが目に付いた。

まさか、と思う。
これは、自分がかつて、魂と引き換えにしてでも手に入れたいと願っていたもの。

エリクシールではないか。

信じられない想いが、手に取ろうとする腕を震わせる。
なかなかそれに手が届かないと思うのは、ただ身体が動かないせいからなのか、それとも気持ちがその距離を長く感じさせているだけなのか。

瓶の固い感触。
持ち上げてみれば、見た目に相当する重さを手に感じる。

それまでは、夢で見るだけ、いつまでもそれは幻にすぎなかった。

けれど今。
それは手の中に在る。
確かにここに存在している。

震える唇が、嗚咽を漏らそうとして、それさえも失敗する。
頭の中が真っ白になって、何も考えられない。
ただただ、目の前に在るという事実、ここに存在するという事実。
視界がぐにゃぐにゃになっているのは、突然の秘宝に頭の情報網が混乱しているからだろう。
決して涙しているわけではない。
涙しているわけではないと、思いたいけれど。

それまでケイオスを突き動かしていた力が不意に抜ける。
寝台に手をつき、頽れる。

間に合いはしなかったが。
誰かが自分の意志を継ぎ、成し遂げてくれた。
自分のいない間に、このリエーテの姿を見たのは。
汚らわしい、どこぞの賊のような者ではなく。
賢者の名に相応しい、清く強い心の持ち主だったのだろう。

今はこの場にいないその誰かに、ケイオスは胸の中で感謝の意を述べた。
この気持ちが届けばいいと、今はどこかにいる誰かに。

と、その時。

ケイオスの作り出した聖域に、自身以外の気配を感じ。
ケイオスは、その入口に視線を走らせた。

それまで気配をまったく感じなかった。
心身ともに満足いく状態とは程遠いが、こんなに近くにくるまで気付かなかったとは。
己の醜態に、ギリと奥歯を噛み締める。

腰に下げたアゾット剣に手をかける。
寝台に手をつき、何とか身体を支え立ち上がる。

このようなザマで戦い抜けられるとは思っていなかったが。
侵入者の目的がリエーテや自分でないとはっきりしない限り、戦うほかない。

息を潜める。
規則正しい靴音が、膜を張ったような耳を通して脳に届く。
本調子であれば、その距離、相手の実力、状態等、詳細に探ることができたのに。
舌打ちでもしたい気分だが、その微かな音さえも侵入者に聞こえてしまうかもしれないと思うとそれもできない。

コツ コツ コツ コツ

淀みなく、躊躇いなく突き進んでくるそれ。
迷いがない、ということは、ここに誰がいて、何があるのか。
侵入者はわかっている――?

可能性に思い当たり、けれども、ケイオスは自嘲するような笑みを浮かべる。
まさかな、と。

しかし。
そのケイオスが聖域の入口に認めた姿は。

思い描いた可能性の中で、最もクリアに描くことができた人物。

「あぁ、ケイオス。
 やっぱりここにいたんだな」

宿敵――だった。
深蒼のマスター、フェルトであった。

入口……つまり、自分が今立っている方にケイオスが剣を向けているというのに。
当のフェルトは、そんなもの目に見えていないというように、ただケイオスだけを見ている。

向けられている眼差しは、ケイオスの知らないもの。
敵対していた時にも、重傷で臥せっていた時にも見たことがない。
どこまでも包み込むような。
温かい、やわらかな――。

ケイオスは動揺するしかない。
どうしてここにいる?
何故、そんな目を向けることができる?
どんな理由があって、そんな風に見つめてくる?

いろんな疑問が内に渦巻くばかりで、それらは声となって外には出て行かない。
溜め込まれるばかりで、処理されずに溢れるばかりで。
混乱に、脂汗が出てくる。
力が抜ける。

「ケイオス!?」

揺れる視界、駆け出す彼。
頽れる直前、フェルトの腕がケイオスを支える。

間近にあるはずの、フェルトの顔。
今はどんな目をして自分を見ているのか。
重い瞼をこじ開けることのできないケイオスには確かめることができない。
だが、何故だろう。
彼が今どんな目で自分を見ているのか、労力を割くことなく、簡単に想像することはできた。

心配そうに、揺れる双眸。

病の床に就いていた妹の瞳に映っていた、かつての自分のような。

その時リエーテは、心底哀しそうな貌をしていた。
不治の病だということ、ごく普通の少女ができるように活動できないということ――そういうことに絶望してそのような哀しい表情をしているのだと思って。
必ず治る、治してみせるからとケイオスは励ましていたものだ。
けれどリエーテは。
ケイオスの言葉に首を振っていた。

あぁ、そうか。
リエーテはきっと、今自分が味わっている気持ちと同じ気持ちでいたに違いない。

その気持ちが今の自分の中にあること。
それを向けている対象がフェルトであるということ。
――かつてのケイオスならば、それらのことに戸惑い、否定したくなるところだっただろう。
けれど不思議と、それらの事実はすんなりと受け入れることができていた。
それよりもむしろ、その気持ちを見つけられたということに、ひどく倖せを感じてさえいるような。

「言ってくれれば、喜んで付き添ったのに。
 身体はまだ本調子じゃないだろう?」

フェルトが労う。
その声は、ケイオスのためを思ってか、穏やかで温かいが。
その裏に隠されているだろう感情――心配で心配で仕方がないのだという気持ちにも、ケイオスは気付いていた。

「お前には関係ないだろう。
 俺は俺のために生きているだけだ」

けれど、口をついて出た言葉はこんなもので。
これでは傷つけているようなものではないかと舌打ちする。

しかしその仕種もまたフェルトにとっては殺傷の刃となって受け止められたのか。
双眸が、また揺れる。
その脆さもまた、ケイオスの知らないところであった。

そんな目をしていてほしいのではない。
ただ自分は、自分のやりたいように生きているだけ。
今の自分でも十分なのだ。
むしろ、自分が相手にそんな目をさせていることの方が哀しい。

リエーテもおそらく、自分に対してそう思っていたのだろう。
思っていたのなら言ってくれればよかったのに、と思わないでもないが、あの頃の自分はきっと、聞き入れはしなかっただろう。

フェルトならきっと、わかってくれると思う。
けれど、己の心情をうまく言葉に変換することができない。
これまで、自分とリエーテのためだけに、他を顧みることなく生きてきたから。
己よりも強く、敬意をもって接することができるような者に会ったことがないから。

「関係はあるよ。
 オレにとってケイオスは特別な人だ。
 オレもオレのために生きているから――ケイオスにとってはいい迷惑だろうけど、関係なくはないよ」

揺れていた瞳が持ち直して、再びケイオスに向けられる。

脆さも持ち合わせているけれど、それはとても人間らしいと思った。
今までの自分なら、それは弱さの証だと、そのような者は即刻切り捨ててきただろう。
けれど、弱いところもあることで、ひどく安心する。
動揺をすぐに抑えて、それを悟られないようにする強さ――それを同時に、しかも弱さよりも大きな割合で持っているということ。
弱さを克服する強さ――それは今、ケイオスにとって最も好ましいもののひとつだ。
今、自分はひどく弱っているから、克服できる者は好ましく映る。

己よりも強く、敬意をもって接することのできる者。
そんな人物に巡り会えるという僥倖は、これ以後自分には訪れないだろうという直感があった。
彼だ、と囁く自分が確かに居る。
そして、彼の言葉が心に沁みこむことによって、満たされていく自分も――。

「関係なくはない、というのなら……俺の許可なく、そんな目をする、な……っ……」

「ケイオスっ!!」

フェルトのおかげで楽な姿勢でいることができているが、それまで張り詰めていた糸が切れたらしく、それと同時にじくじくと痛みが襲ってきた。
ここまで来たことで無理が祟り、傷口が開いてしまったらしい。

忙しなくなる呼吸、寄せられた眉間、額に浮く脂汗。
それらから、フェルトもケイオスの状態を把握したらしい。
ちょっとゴメン、と声をかけた後、自分の支えなしでもケイオスが楽な姿勢でいられるよう壁際まで運び、凭れかけさせる。
そして少し離れ、目を閉じた。

手をかざし、必要な文言を詠唱する。
たちまちフェルトの足下と、かざした手元に光の魔法陣が現れる。
理論的にはわかっていても、自分には決して作ることのできなかった魔法陣だ。
嫉妬が沸き起こらないわけではないけれど。
今は、その光景を美しいと思う気持ちの方が強かった。

かつてより強い、マナの息吹。
この遺跡にも溢れているのが分かる。
とりわけ、ここの空気を構成しているものの中で、より強くその存在を示しているマナが、フェルトの要求に応じてその活動を活発にしている。
これが練成なのだと、今、ケイオスの中で知識と経験とがはじめて結びついている。

収斂された光。
光が弾けて、フェルトのかざした手元の空中に、それは現れた。
差し出されたフェルトの両手に、音もなく運ばれる。

今しがた、ケイオスも初めて目にした――エリクシール、だった。

調合を終えたフェルトは、ケイオスに中身を与えようと、膝をつき、片方の手でケイオスの身体を起こした。
傷に障らないように、細心の注意が払われていることがわかる。

瓶が口にあてがわれるその直前。
ケイオスは視線をリエーテの寝台に走らせた。
フェルトもまた、ケイオスの視線を追うように、リエーテに目を遣る。

「やはり、お前だったのだな。
 リエーテにエリクシールを与えてくれたのは」

それだけの技量を持ち合わせた錬金術士というのは、フェルト以外にケイオスは知らない。
しかし当のフェルトは、違うと首を振った。

現に今、エリクシールを作ったではないか、とその手元に視線を戻すと、フェルトは苦笑した。

「オレにはイニシャライズされたものを作るくらいの力量しかないよ。
 あれはヴィーゼが作ったものだ。
 だから――あれと一緒でこれも、少し甘めだったりする」

だからちょっと心構えしといてほしい そう言って、今度こそフェルトはケイオスにエリクシールを服用させた。
想像していたような、吐きたくなるような甘ったるさではなく、自然と身体に浸透していくような、喉ごし爽やかな甘さだ。
身体だけではなく、心も癒すような。
服用する者への、調合者の配慮が最大限に払われた作品だと言えるだろう。
この身で実感しただけ、製作者がどれだけ優れた錬金術士かわかるというものだ。

 ――フェルト、少し休んだら。
   私、代わるよ。

 ――オレはいいよ。
   ずっとここにいる。
   ヴィーゼこそ、石化のダメージから戻れていない人の看病で疲れてるだろ。
   ルテネスさんに交代してもらって休んでこいよ。

意識は朦朧としていたが、傷の熱に浮かされた傍でそんな会話がなされていたような気がする。
真紅に侵蝕された、不鮮明な意識下でも見たことがあるような、女錬金術士の姿。
あれがヴィーゼかと、エリクシールの効力を身を以って体験しながら思う。

あの娘がエリクシールを作ったのは誰のためだろう。
ここまで強力・即効であるためには、それだけ強い想いがこめられていなければならないだろう。
その相手はフェルト、か――?

守りたいものは、時に弱点になり、時に勝利の鍵となる。
ケイオスとて、これまでの自分の存在意義は守りたいものがあったがために形成されたものだという自覚がある。
並大抵の者は、それこそ並大抵の高みにまでしか上れない。
それより上に上るには、それに見合うだけの信念、力が必要だ。
あの娘にはきっと、それがフェルトであったりするのだろう。

微笑ましいことだな、とケイオスは口許を歪める。
その純真さが途中で間違った方向に行くことなく、その高みにまで上ることができた錬金術士を羨ましく思う。
もう自分は、何をやっても償いきれないところまで来てしまったから。
かつては自分も娘と同じだったのだろうかと思い出そうにも、どうやっても思い出せないところにまで来ているから。

いっそこのまま朽ち果ててしまった方が楽だろうとは思う。
けれども、身体はまだ生きようとしているのか、エリクシールの効力によって、たちまち身体に生気が漲ってくる。
リエーテを然るべき場所へ眠らせてやるためには必要な力か、と弱った心が言い訳をしている。
一方で、エリクシールを飲ませてくれたフェルトが、自分にこのまま死なれたくないと思っているのなら、それはそれで生きなければならないのかもしれないと思った。
たとえそれが、復調してからの贖罪のために死なれては困るのだという理由だとしても。
自分が認める相手がそう望むのなら。
1度きりの人生だ、1度くらい他人に望まれるように生きてみてもいいかもしれないと思った。

「何をしに、ここへ来た……」

そして自分を生かそうとする、その意<こころ>は?

物見遊山などではないだろう。
ただでさえ人が踏み込まない土地だからこそ、この場所をリエーテの復活の時までの仮の寝所に選んだのだ。
ここに至るまでには険しい道程と、危害をもたらす魔物が待ち受けていたはずだ。

目元にかかる前髪の合間から、フェルトの真意を探ろうとその眼を見ていると。
僅かに微笑んで、フェルトがケイオスの髪を掻きあげた。

「ケイオスを迎えに来たに決まってるじゃないか」

どうしてそんな当然のことを訊くんだと、フェルトの眼は語っている。
しかし、ケイオスにとっては当然のことに思えないから訊いているのだ。
その答えで満足できるはずがない。

眉を顰め、非難するような目で見ていると。
フー、と大袈裟に肩を落として、フェルトは口を開いた。

「さっきも言ったけど。
 オレにとってケイオスは特別な人だ。
 オレもオレのために生きているから。
 ケイオスにとってはいい迷惑だろうけど、関係ないはずがない。
 それで答えになっていないか?」

特別な人だから、迎えに行く。
その理屈には納得できるが。
どうして自分がその特別な人になるのか。
そこがケイオスには分からない。
確かに、ケイオスにとってフェルトは特別な人ではある。
自分が認められる人間。
そんな人間、他にはいない。
だが、自分が思っているからといって相手もそうだということにはなるまい。

「それに、これを返したいと思っていたから」

言って、フェルトは腰に下げた鞄の中を探り始めた。
ケイオスとしてはそれよりも、どうして自分がフェルトにとって特別な人間になりうるのかということを追求したかったのだが。
フェルトが手にしたものに、一時意識が持っていかれる。

「そうか……そうだな。
 お前たちがリエーテにエリクシールを捧げてくれたのなら、それはお前たちの手に渡っていたと考えるのが当然の流れか」

フェルトが手にしていたものは、かつて自分が記したもの。
次にここへ来る時はリエーテを蘇らせる時だと、この場所を後にする際、残した手記だ。

「ケイオスが深緑のタブレットのレシピを残してくれたおかげで、オレたちは賢者の赤水晶を作ることができた。
 ずっと、お礼を言いたかったんだ」

つまり、錬金術士としてのケイオスの願い――技術の継承は成就されたということだ。
リエーテを生き返らせることが全てだと生きてきた自分の人生にも、何かしらの意味があったのだと。
ケイオスの中に温かいものが広がっていく。
そのまま、この温かいものに身を委ねながら、静かに終わりを迎えたいと思うほど……。

「リエーテが死に、俺も死ぬことで――一族が受け継いできたものが廃れてしまうのは哀しかった。
 これからは、お前たちが継いでくれるのだろう。
 お前たちのような、優れた錬金術士が……。
 それ……そのレシピは、お前が持っている方がいい。
 俺はもう、受け取れない。
 その資格など、ない……」

ここで果てたところで、世界は喜びこそすれ、惜しみはしないだろう。
償うべきことはあるかもしれないが、己に課せられた使命は果たした。
リエーテを光の当たる場所へ眠らせたら、自分も同じところで眠っても――。

そう思い、目を閉じたケイオスの手に、フェルトは手記を渡した。
受け取る意志がないのだと知れると、その手を握らせる。

触れることで、想いをしたためた当時の記憶が蘇る。
それと共に、リエーテを復活させられない悔しさや、どうやっても復活させることはできないのだと知るために犠牲にしてきた者たちへの遣りきれない想い、悔恨――すべてをまざまざと思い知らされる。

突き返す気力もなく、ケイオスは手に握らされたその手記を見つめていた。
すると、フェルトの指がその表紙を撫でた。
剣を扱う者の指でありながら、白く細い指だ。
エデンの枢機院で、幾度となくその指が自分に触れていた。
熱に浮かされながら、その感触だけは何故か憶えている。

「ケイオスも優れた錬金術士だと、オレは思うよ。
 賢者の赤水晶は、確かに錬金術士が目指す最高のアイテムだ。
 けれど、それを構成する物質だって、それに相応しい高度なアイテムだろう?
 何の知識も技術もない人が、簡単に後世に伝えられるものじゃない。
 ケイオスは、賢者の赤水晶を作るのに相応しい錬金術士のひとりなんだよ」

深緑のタブレットのレシピは、その調合に必要なアイテムだけを記すだけでは終わらない。
調合理論やそのアイテムが必要な理由、調合時の注意事項など、伝えなければならないことはいくらでもあった。
ケイオスの想いが綴られているのは最初の1ページのみで、後は延々と深緑のタブレットの全てが書き記されている。
錬金術を少しでも学んだものなら、そこに綴られているものがどれだけ高等なものなのか、すぐにでも理解できるだろう。

ケイオスがどんな想いでこの手記を綴ったのか。
その真意を探ろうと、フェルトは何度もその手記を読んでいるのだ。
あまりに高度すぎるレシピも理解しようと努めた。
読み深めるにしたがって、これを記したケイオスが、どれだけ優れた錬金術士であるのか身に沁みて知ることができた。
ヴィーゼとケイオス、どちらが優れているとか優れていないとか、そんなこと、自分の心の中だけでだって決めたくない。
2人とも、強い想いを持った、すばらしい錬金術士だ。
フェルトにとってはそれだけだった。

「手立てがあるのにできないことほど、悔しいことはないよな。
 オレたちにはそれがあって、ケイオスにはそれがなくて。
 持ってる側のオレが言うのは、ケイオスにとっては哀れみのように聞こえるかもしれないけれど。
 ケイオスが、どうしてエデンの封印を解こうとしたのか、その理由を知った時……オレ、本当に哀しくなったんだ。
 オレと、お前は、一緒――それなのに、その気持ちを分かち合えずに、戦うしかできなくて……。
 もしかしたら、一緒に道を探していけたかもしれないのに……」

認めているからこそ、共に歩む時、その存在がこれ以上ない力となる。
フェルトの言葉を聞きながらケイオスは、もしフェルトと共に道を歩んでいけたならどれだけすばらしいだろうかと想いを馳せていた。
しかし、それは叶わぬことだろう。
フェルトは世界を救った勇者であり、自分は世界を危機に陥れた張本人なのだ。
これからの人生に待ち受けているものは、あまりにもかけ離れている。
同じ道を歩んでいくことができるはずがない。

壁に背を預け、悲愴に歪んだ笑みを浮かべると、フェルトの手が再びケイオスの髪を梳きはじめる。
ケイオスの表情の全貌を見逃したくないというように。

その手が心地よくて、ケイオスは目を閉じる。
どうせ今だけだと思うと、どこまでもこの感触を味わっておきたくて。

「ケイオス……。
 ここに来る途中に石版があったのを憶えているか?」

「あぁ……。
 古代文字らしく、その内容まではわからなかったが……」

アゾットやエデンに関するものかと、できるなら解読を試みたかったが。
それは叶うことなく、ここまできてしまった。
結果的には、解読することなく己が望んでいたエデンの解放も成し遂げたのだからよかったものの、できないでいたならば、解読できなかったことをいつまでも悔やみそうだった。

「あの石版には、こう刻まれているんだ。
 『命。
  それは有限。
  今を精一杯生きるため、溢れ出る命の奔流を封印するものなり』って」

錬金術の力を用いれば、解読することなどワケないのだろう。
フェルトが読めるのは不思議ではない。

しかし何とも皮肉なものだ――とケイオスは自嘲せずにいられない。
そのようなことを謳っている石碑がある場所で、ケイオスはリエーテの復活を決意していた。
再び蘇らせるということは、有限であることを否定すること。
先人が諭していることなのに、それに抗ったりして。
莫迦らしい、とケイオスは自分を罵った。

「これは、命のマナ・アイオンのことを言ってることだと思う。
 アイオンの役目はきっと、本当は無限かもしれない命を堰きとめることなんだよ。
 生きとし生けるものに、その尊さを伝えるために。
 そうしないと、無下にしてしまうかもしれないから。
 でも、そんなことをしなくても、その尊さを知っているなら?
 命を大切にする想いが、とても強かったら?
 アイオンもきっと、想いを認めて、力を貸してくれたと思うんだ。
 死んでしまった人を生き返らせることは無理でも、死に瀕している人を助ける力は貸してくれたはずだ」

フェルトは静かに、どこを見るでもなしに視線を封印の間を彷徨わせた。
それは、ここに満ちる空気を感じているようにも思えた。

「エデンにも、ここにあったのと似たような石版があるんだ。
 光のことを謳った石版は、光のマナ・エイテルたちの聖地に。
 闇のことを謳った石版は、闇のマナ・プルーアたちの聖地に。
 木の石版はドゥルの聖地、金の石版はツヴェルクの聖地、空の石版はシルウェストの聖地に。
 だからきっと……ここはアイオンの聖地だったんだよ。
 今ここに満ちてる空気の中で、命素が一番強いし。
 人の寄り付かない場所であるってことも、なんだかアイオンらしい……」

実際に契約しているのはヴィーゼだから、オレは直接はアイオンのことはわからないけど フェルトはそう言って微笑う。
けれども、ケイオスは、フェルトの告げたことに、衝撃を受け言葉を発せないでいる。

「だから……もしエデンが封印されていなければ――錬金術や、すべてのマナがエデンに封印されていなければ、ここにアイオンがいたはずなんだ。
 そして、ケイオスはここまでやって来ていて――きっと、ケイオスの想いの強さはアイオンも認めてくれていたはずだ。
 だから……ケイオスなら、エリクシールを完成させることは可能だったんだよ」

今更言ったところで、それは何も意味を成さない慰めにすぎない。
けれど、それを必死に伝えてくれようとするフェルトの気持ちが、ケイオスにはありがたかった。

「過去のあの時、パラケルススが過ちを犯さなければ……人々は錬金術を隔離しようとしなかったかもしれない。
 そうすれば、この地ベルクハイデにも、きっともっと錬金術は拡がっていて。
 救われる命もあったはずだ。
 それを……パラケルススが奪ったんだ。
 真紅の暴走で、ミッドガル湖を作った時に、多くの命を奪っただけでなく。
 その後のベルクハイデの、救われる可能性のあった命でさえ、奪っていったんだ」

フェルトの瞳が揺れる。
哀しみの光を宿して。

「こんなことを言っても、事実は変わらないだろうけど。
 リエーテさんを救えなかったのは、ケイオスのせいじゃないよ。
 パラケルススが、ケイオスのリエーテさんを救いたいという気持ちを踏みにじったんだ」

だから自分を責めなくていい フェルトはそう言っているように思えた。
そう言ってくれるのは嬉しい。
――嬉しいが、そういうわけにはいかないのが現実だ。
死んでしまった者を生き返らせることができないのと同様に。
起こってしまったことをなかったことにはできないのだ。

今は赤水晶を失ってしまった真紅のアゾット剣を見つめる。
フェルトの腰にも、ケイオスが持つものと同じ、赤水晶のないアゾット剣がある。
錬金術の粋を集めた最高の剣。
一方は力を求めたマッドアルケミストが創造し、もう一方はそれを留めようとした心清き錬金術士が創造した。

剣とは、命を奪うために創られたもの。
ケイオスが手にしたものはそれに相応しい。
けれど、フェルトが持つものは――。
異なる目的のために創られた「それら」。
まるで、己と彼そのものを表すようではないか。

「俺は、リエーテのためと割り切って、多くの命を奪ってきた。
 パラケルススとどこが違う?
 目的のために、何を犠牲にすることも厭わない。
 真紅を解放できたということは、俺がパラケルススに通じるところを十分に兼ね備えていたからではないか」

「奪いたくて奪ったわけじゃなかった。
 譲れないものがあったから、だろ」

「だから許されていいわけじゃない。
 償いは必要だ。
 死を以ってしか償えないというのなら、俺は喜んで命をさしだそう」

「――だったら、オレも償う」

思いつめたようなフェルトに、ケイオスはゆるく頭を振った。

「何故。
 お前には帰るべき家も、待つ者もいるだろう。
 簡単に命を捨てるなど言うな」

しかしケイオスの言葉に、フェルトはまなじりを吊り上げて睨みつけてくる。
そのセリフ、そっくりそのままケイオスに返すよ、と言ってさらに続けた。
その頃には、また哀愁が滲む瞳をしていた。

「……トレーネさんが言っていた。
 ケイオスに謝りたいと。
 ケイオスが抱えているものに気付くことができなかったから、って。
 オレもそうなんだ。
 気付けなかった。
 ケイオスが、オレと同じなだけだったんだってことに。
 さっきも言ったけど……オレだって、お前と同じなんだ。
 ケイオスが償わなきゃいけないなら、オレも償わなきゃいけない。
 そりゃ、俺には帰る家があるけれど。
 ケイオスのことも放ってはおけない。
 お前には、帰る家はあるのか?
 迎えてくれる家族はいるのか?」

訊ねるまでもなく、フェルトは知っているのだろうとケイオスにはわかった。
それなのにあえて訊くのは、ケイオス自身の口から、そんな存在は無いのだと言わせたいのだろう。
しかし、そんな存在が無いのだということは、命を以って償うことになっても、哀しむ存在がいないということだ。
フェルトとは違う。
そっくりそのまま返すと言われても、そもそもの前提が違うのだと反論したくなる。

しかし。

「無いのなら作ればいい、違うか?」

威張るように言って踏ん反り返るフェルトに、ケイオスは呆れて言葉が出なかった。
作る? 何を?

「オレが、ケイオスの家族になるよ。
 だから――簡単に……命で償うとか、言わないでくれ」

作れるものでもないだろう、と口を開きかけたところだった。
畳み掛けるように告げられてしまった。
この強引さ……今までに目にしたことがないと思うのは気のせいではないだろう。
どうして今、そこまで強引になる必要があるのだろう、と新たな疑問をケイオスの中に生み落とす。

「でも。
 オレはお前を迎える家族になりたいって言ってるんじゃない。
 迎えるだけが、家族じゃないだろ?
 常に傍に居て、支えるのも家族じゃないのか?
 オレは、ケイオスのそんな存在でありたいんだよ」

コイツは何を言い出すんだ というのがケイオスの正直な気持ちだった。
もしこれが異性を相手にしたものだったら、立派に愛の告白だろうと、頭がクラクラしてくる。
エリクシールで身体はだいぶ調子を取り戻しているから、この頭痛は決して出血多量による貧血のせいではないはずだ。

けれど一方で、その言葉を嬉しく思っているのも事実だった。
生きる意味、それすなわちリエーテだった。
この世に存在するたった1人の家族、それがケイオスにとっての存在意義。
それを再びフェルトは与えてくれるという。
生きていていいのだと、フェルトは言ってくれている。

「ケイオス、マナを探そう。
 オレも、もっと錬金術勉強する。
 イニシャライズされたものを作るだけでなく、自分で作るんだ。
 人々の役に立つ錬金術を、人々を幸せにする錬金術を、もっともっと拡げよう。
 リエーテさんにしてあげられなかったことを、見ず知らずの人にしてやるなんて、憤懣やる方ないことかもしれないけれど。
 でも、償うって、そういうことじゃないのか?」

家族という存在意義だけではなく、また別の道を示してくれる。
そして共に生きてくれると言っている。
悔恨と怨嗟に潰されそうになっても、彼がいてくれるなら耐えられるかもしれない。

己のエゴイスティックな願望のために犠牲になった存在への償いがしたい。
そしてできるなら、生きる道を示してくれた彼と生きたい。
それが、ケイオスの中に小さいながらも確かに灯った願いだ。

リエーテのあの瞳が、自分の考えていた通りの意味を自分に伝えていたのなら。

「……そうだな。
 リエーテも、きっと、それを望んでいる――」

自分の望むままに。
自分のために生きてほしい。

今やっと、リエーテの望みを叶えることができるのかもしれない。
ケイオスの心は、遺跡に足を踏み入れた時とは別物のように、光に満ち溢れていた。






それから十数分後――。

「錬金術、ケイオスに習ってもいいか?」

エリクシールのおかげで調子が戻ってきたとはいえ、大事をとっているのだろうか、封印の遺跡を出ても、フェルトはケイオスを支える手を離そうとしない。
いくら言っても、無茶はさせられないからと申し出は却下されているのだ。

「アゾット剣をも創りあげたお前が何を言う」

エリクシールや賢者の赤水晶を創ったのがヴィーゼという錬金術士だとしても。
その錬金術士が創りあげイニシャライズしたものを調合できるのだから、それなりに知識も技量も備わっているはずだ。
そう言うと、フェルトはらしくなく、むっつりとしてしまう。

「だってオレ、どっちかって言うと剣を扱ってる方が好きだったから……。
 だから、武器調合とかは何とかできるけど、それ以外の勉強って……すぐに飽きちゃってさ。
 でも、ケイオスが教えてくれるのならがんばれる気がする」

そんなに熱い想いを告げられたら断ることもできないではないか そんな風に考えていると、フェルトはさらにトドメを刺すように口を開いた。

「それに……アゾット剣はまた違う。
 エラスムスの力を借りたアゾットじゃないと、ケイオスを救うなんてできないから。
 ケイオスを助けたいって想いが、オレを突き動かしてたんだよ」

熱烈だ。
熱烈すぎる。
頭を抱え込み、ケイオスは深く息をついた。

「先程も思ったのだが……そういう言葉は、一番大事な相手に取っておけ」

その言葉を伝えられて、嬉しいと思うのは確かだが。
向けるべき相手を間違っているとしか思えない。
おそらく、ヴィーゼあたりがそのような言葉を告げられるのを待っているだろうに。

しかしフェルトは、しれっとした顔でケイオスを見つめる。

「口説き文句に聞こえるからか?」

「分かっているなら――」

「だから、今が使い時なんだよ」

「何――……?」

「それに口説き文句だって言うのなら。
 さっきケイオスが言ってたのだって十分口説き文句だったんだぞ。
 『関係なくはないというのなら、俺の許可なくそんな目をするな』だっけ?
 それって、他のヤツらにはそんな顔見せるなってことだろ?」

「お、おい……フェルト?
 お前、何を言って……」

「別に、分からないならそれでもいいよ。
 そのうち分かるようになるだろうからさ。
 でも――あの言葉、嬉しかったってのだけは伝えておく」

フェルトが言っていることが何を示しているのか、フェルトの言う通りまったく分からなかったケイオスだが。
「嬉しかった」と言ったフェルトの顔は、とてもケイオスの胸を打つものであった。
よく分からないが、自分の言葉がフェルトを幸せそうにしたらしいと、その事実は温かな光となってケイオスの中に灯る。
その笑顔を、できるならまた見たいと思う。
もっと、もっと見たいと――。

そう思ったところで、何故か心拍数があがっていることに気付いて。
ケイオスは動揺を隠し切れない。
戸惑っていると、フェルトがケイオスの手を掴んだ。
それだけで、心臓が大きく跳ね上がった。

「さぁ、行こう、ケイオス。
 とりあえず完全回復するまでエデンに滞在して。
 事情を話せば枢機院から、マナと契約するための許可も下りるよ。
 そうして……2人で世界を回って、錬金術を拡げていこう。
 1人でも多くの人を救おう。
 ――そういえば、ケイオス。
 あの時、ケイオスにはエラスムスの言葉は聞こえていた?」

「い、いや?
 そもそも『あの時』というのがいつかもわからない。
 ――それがどうかしたのか」

飛び出しそうな心臓を押さえながら。
冷静になれと己に言い聞かせながら。
ケイオスはフェルトの方を見る。
「直視」できないというのは、完全にフェルトを意識してしまっているということなのだが、この時点ではまだケイオスは気付いていない。

「エラスムスは逝く瞬間、オレたちに言葉を遺してくれたんだ。
 これからの世界はどこにでもリリスの力が溢れる世界、キミたち心優しき錬金術士のための世界――って。
 この『キミたち』ってのには、ケイオスも含まれてるよ、きっと。
 エラスムスも、オレたちを祝福してくれてる」

「いや、それは違う気が……」

「オレがそう思いたいんだよ。
 ケイオスほどの錬金術士はいない!
 オレはケイオスを目指してがんばるんだから。
 ケイオスも覚悟してくれよな」

「だからどうしてそうなるんだ。
 俺に、人に教授できるような資格など……」

「誰が何と言おうと!
 オレはオレのしたいように生きる!
 ケイオスと一緒にいたいから、そのように生きる!!」

「フェルト、だからどうして……」

「オレはケイオスと一緒にいたいんだ〜〜〜っ!」




霊峰中に、フェルトの熱烈な想いが木霊する。

リリスの力とともに世界中に飛散した、深蒼の賢者の赤水晶。
それに宿っていた意識が、彼らを包み込む。


キミたちの行く末に、リリスの加護があらんことを――。



ていうか、エラスムス公認の仲?(笑)
それもまたなんかなぁ……

ということで、ケイフェルです。ケイフェルなんですコレでもっ!!
雪咲は十分ケイフェルのつもりで書いてましたともっっ!!!!
ただ、ちょーっとばかしフェルトくんが襲い受属性が強めで、ケイオス氏がへたれだった…というか鈍感だったというだけの話で。
ヤるならフェルトくんが下ですよ、ハイ(笑)
抱かれることで逆に相手の精神を抱き締めるみたいな? そんなスタンスなんだと思いますよ、我が家のケイフェルにおけるフェルトくんは。
ケイオスはすっかり精神的に弱ってますね。
そこをケアしていくのがフェルトなんですよ、きっと。

ちなみにこのお話の終わりの時点で、リエーテちゃんの亡骸はまだ遺跡の奥で眠っております。
ケイオスが完全復調してから、また改めて埋葬に訪れるはずです。
EDのムービーで流れたリエーテちゃんのお墓を背にして歩き出すケイオス…その先にはフェルトくんがいるのだと信じて疑いません。
ケイオスの表情が固いのなんか、妄想でいくらでも微笑ませてみせますって。
そのシーンのすぐあとに、フェルトがヴィーゼとイリスと一緒に家に帰るシーンがあるが、それはどう説明するのかって?
そんなの無視です。時系列にそって展開されてるなんて考えちゃダメですよ。
曲解しましょうよ、曲解(笑)