text : DRAGON QUEST VIII

[ 受け継がれるもの ]


「なに? 兄のことを?」

少年がサザンビーク城を訪れたのは、ミーティア王女とチャゴス王子の結婚式騒動――もっともそれは、クラビウス王の独断により、急遽中止されたのだが――から、2ヶ月ほど経った日のことだった。
サザンビーク、トロデーンの2ヵ国間首脳会談が行われるため、王の護衛としてやってきたのだった。
近衛隊長としての命を受け……そう、少年――カノトは、あの事実が周知のこととなった今も、トロデーンで従来の任務に就いているのだ。

「はい。
 天涯孤独だった僕ですが、祖父は健在だったんです。
 父と母のことを、祖父は話してくれましたが……祖父が知っているのは、母と知り合ってからの父で。
 父さんがどんな人だったか知りたくても、やはり限界がありまして」

「他の目がある時はともかく、2人きりのときくらいはそう改まらなくともよい。
 私とて、カノトの身内なのだからな」

「――ありがとうございます。
 急には無理だと思いますが、努力してみます」

カノトは苦笑して頷いて見せた。
その表情に憶えのあるクラビウスとしては、改めて2ヶ月前に知らされた事実について思い知らされるのだ。

カノトは、クラビウスの亡き兄エルトリオの息子だ。
クラビウス自身、兄が亡くなっていたこと、兄に子どもがいたことを知らず、目の前で兄の息子がそのことを告げたとき、混乱し信じることはできなかった。
アルゴンハートを用いた指輪を目の前に差し出され、そこに兄の名前と妻となった女性の名前を見、そして少年の目に兄の面影を見て、やっと信じることができたのだ。

エルトリオの息子だと名乗る少年が、どこの誰ともわからぬ初対面の人間ならば、これほど簡単には信じなかっただろう。
だが、カノトはすでに、クラビウスにとっては他人では済まされない人間だったのだ。
謙譲の意味ではなく、父親であるクラビウスでさえも頭を抱える不肖の息子チャゴスの王者の儀式の護衛を依頼した相手だからだ。

その依頼を経て、クラビウスはカノトを、信頼できる頼もしい少年だと認めていた。
カノトほど誠意に溢れ、勇気に満ちた少年であれば、とチャゴスの将来を想うと溜息が漏れる。
それほどには、クラビウスはカノトを好ましいと思っていたのだ。

その少年が、エルトリオの息子なのだという。
兄の息子がこのような立派な少年であることを喜ばしく思えたのは、チャゴスとミーティアの結婚式の前夜。
衝撃の事実をカノトが告げた後、彼を宿に帰し、1人アルゴンリングを見つめていた時だった。

兄は、弟のクラビウスだけではなく、誰もが憧憬を抱かずにいられない、とても立派な青年だった。
そんな人の息子だから、それは当然と言えば当然なのかもしれない。
けれど、人の性格や性質は、先天的なものと後天的なものによって決まるものだ。
偉大なる賢者の子どもが愚者だということがあり得るように、エルトリオの息子だとて、できた人間であることを想像はできても、必然のことだとは言えない。
育まれた環境が、一個人の性質を決定付けるのだ。
そういう意味では、カノトはとても恵まれた環境で育つことができたのだろうと予想された。――その時は、カノトが幼い頃の記憶を持っておらず、浮浪児同然でトロデーンに保護されたという過去をクラビウスは知ってはいなかったから、そのように思うことができたのだが。
ともかく、立派な人間に育ったことを、兄エルトリオも誇らしく思っていることだろう。
兄の死を悼みながら、息子カノトの存在が、兄喪失による悲しみからクラビウスを救っていた。

カノトがエルトリオの息子だという事実を知ってから、これまでのカノトのことを思い返してみると、記憶の中の兄と重なって見えるから不思議だった。
初めてカノトがクラビウスの前に姿を現したとき、心を過ぎったものの正体もつかめた。
似てはいないと思い込もうとしていただけで、実際カノトはエルトリオによく似ているのだ。
顔かたちだけではなく、動作や雰囲気など。
今苦笑してみせた表情だって、幼い頃、クラビウスが駄々をこねて困らせたときの兄の表情に似ていなくもない。
このように兄に似たところを見つけるたび、確かに兄の息子なのだと実感できる。
遠い昔に国を去ってしまった兄が傍にいるようで、幸せな気持ちにもなれるのだ。
兄の側にあった自分がそうであったように、カノトの側にいる者も、同様に心の平穏を手に入れられるのだろう。
それが、カノトがエルトリオの息子であることの何よりの証だと、クラビウスは思っていた。
カノトの中に、兄は確かに息づいているのだと。

だから、サザンビークを訪れたカノトが父親であるエルトリオのことをクラビウスに訊ねた時。
それは改めて説明すべきことでもないような気がした。
話さずとも、カノトは何もかもわかっているような。
クラビウス本人としても、エルトリオのことを話しているのかカノトのことを話しているのか、混乱してきそうだ。

けれども、カノトにしてみればそんなわけにもいかないだろう。
カノトは真面目な少年だ。
サザンビーク王家の血を引いていると知っていながら、それを笠にすることなく、それまで自分が与えられていたトロデーンでの任務を全うしている。
トロデ王の護衛としてやってきたのなら、その護衛としての本分を果たすだけで、本来ならばこうして私用でクラビウス王に面会を求めたりしないだろう。
そうまでして、父親のルーツを知りたいと思っているのだ。
クラビウスもカノトを気に入っているから、何よりエルトリオの息子だから。
それに応えてやりたいと思った。

「兄との思い出話くらいならしてあげよう。
 兄の部屋へ行ってみるかね」

「父さんの、部屋――あるんですか?」

「ああ。出て行ったときのままにしてある。
 掃除くらいはしてあるがな。
 ――いつ帰ってきてもいいように」

「…………」

特に意識するでもなく、クラビウスは言ったつもりなのだが。
カノトには思うところがあったようだ。
途端に表情を暗くした。

「そんな顔をしないでくれ。
 代わりにカノト、君が帰ってきてくれたじゃないか。
 トロデーンで近衛隊長をしていて構わない、だが時折、こうして帰ってきてくれないか。
 私も兄と話しているようで嬉しいからな」

「で、でも……」

「何も気にすることはない。
 私がそう望んでいるんだ、誰か何か言うようならそう言いなさい。
 そうだ、兄の服を何着か持っていきなさい。
 きっとよく似合う」

兄とは少しばかり身長が低いようだが、顔かたち、雰囲気がとてもよく似ているのだ。
兄に似合っていたものならきっと、カノトにも似合うに違いない。
カノトが兄の服を着た姿を想像し、懐かしさに胸を一杯にしていたクラビウスだが。
カノトは、

「それって……王族の服ですよね?
 そんな高価なもの、いただけませんよ!」

「何を言うんだ。
 君も王族だろう」

「そ、そうですけど。
 でも僕は一兵士にすぎなくて……」

「近衛隊長は兵士の顔たる人物だろう。
 その人物が一般兵と変わらぬ格好をしていては、トロデーンが侮られるぞ?」

「う……で、でも……」

「ならば、貸しておくということにしておいてもらって構わない。
 私のところを訪れる時、それを着てきてくれ。
 立派に正装の役割を果たしてくれるからな」

譲歩すると、カノトも渋々頷いた。
が、もちろんクラビウスは、貸しておくなどというつもりはなく、カノトに譲るつもりでいた。
兄亡き今、兄のものは息子のカノトのものなのだから。
今回は服を何着か、ということだったが。
これからことあるごとに、兄の持ち物をカノトに譲り渡してやりたいとクラビウスは考えていた。
それが、エルトリオの弟として、クラビウスがカノトにできる唯一のことだから。
物質的なものだけではない、思い出としての兄も、カノトに伝えてやりたい。

「カノト」

兄の部屋がある棟へ向かいながら、カノトに声をかけた。
未だエルトリオの服を預けられるということに何やら思うところがあるのか、カノトの返事は一拍置いてから返ってきた。

「な、なんですか?」

「先ほど、兄がどんな人物だったか、訊ねてきたな」

「はい」

クラビウスは、エルトリオとの思い出を語ることでそれに代えようと思っていたけれど。
これだけは、伝えたいと思った。

「エルトリオ――兄さんはよくできた人で、とても一言で言い表すことはできないが」

振り返り、カノトを見つめた。
兄のそれと変わらぬ瞳が、見つめ返してくる。
純粋で、真っ直ぐな。
誠実な瞳だ。

「兄さんは、君がこのように立派な人間になったことを、喜び誇らしく思うような人だよ」

両肩に手を置き。
兄が生きていたら、同じことをし、同じことを言うだろうと思いながら。

「生きていたならきっと、誰よりも君を祝福するような」

生きていなくても、今も天国で必ず、祝福しているはずだ。
愛する人と手に手をとって。
息子の成長と偉業に。言葉で、身体で――己の総てで、それを示すことができないことを残念に思っているかもしれないけれど。

あなたの代わりは自分がするから。
安心してくれと、クラビウスは胸のうちで呟いた。

「ありがとうございます」

クラビウスの心の声が聞こえたかのように。
カノトはふわりと微笑んだ。見ているものを幸福にする笑顔で。

こちらこそ感謝したいくらいだ、とクラビウスは思う。
エルトリオの生きた証を確かに伝えるカノトが生まれてきてくれたこと、そしてカノトをこの世に遺してくれたエルトリオに。

息子がいて、民がいて、国があって。
確かに幸せなクラビウスだが。
カノトの存在があるだけで、その幸せは格段に輝いて見える。
彼失くして、今の幸せはありえないと――隣を歩む甥を見守りながら、クラビウスは考えていた。



雪咲は真EDには大賛成な人です
なので、是非ともクラビウス王には主人公の後ろ盾になってもらい、主人公には姫と幸せになってもらいたいものです
クク主も好きですよ?
でも、真EDで、ククール、すごい主人公に姫様とくっつけと言ってるじゃないですか
なので、オフィシャルで姫主、妄想でクク主に萌える毎日です
といっても、そのまえにパパに萌えて仕方ないんですけどね
父子か、あるいはクラエルか…
突っ走ってOKと言われるなら、クラ→主ってのも(笑)
叔父と甥ってのもまたいいよね。なんてったって、主人公はエルトリオに生き写しだし〜
間違いが起こっても不思議じゃなゲフゲフ