text : PAPUWA

[ handwritten recipe ]


遠いようで近い、近いようで遠い――そんな海域に浮かぶ一艘の方舟。
今日も変わらず、方舟から喧騒が聞こえてくる。

「こんな飯が食えるかと、何度言えばわかるんだ!」

「うわぁぁぁ! ちゃぶ台返すなぁぁぁ!」

「フン! こんなマズイ飯を出される身にもなってみろ」

「んなッ! これでもいつもよりはマシじゃねぇか!」

「マズイものはマズイ!」

「わぅぅぅぅっ!」

海を彷徨う旅はもう1年近く続いていた。
新たな番人となったリキッドは、快く島の仲間たちに迎えられたものの、まだまだ番人として越えねばならない試練を残していた。
「番人の仕事はここの連中を守ることだろ!? 飯作れなんて聞いてねぇよ!」「俺の身体のっとってた番人は飯なんか作ってなかったんじゃねぇのか!?」
初めこそそう喚いていたリキッドも、ようやくその役目を受け止め、日々料理に洗濯に勤しむ毎日を送っている。

「仕方ねぇじゃねぇか……。
 ジャンクフードしか作ったことねぇって言っただろ?」

「まったく。
 嘆かわしい世になったものだ。
 今日日の若者は味噌汁もろくに作れんのか」

「俺はアメリカンだ! 日本食なんか作れっかよ!?」

「……何か言ったか?」

「い、いえ……なんでもないッス」

このような風景は日常茶飯事で。
いつも結局折れてしまうのは根っからの下僕体質のせいだろうか、しかしリキッドはこの生活に満足していた。
やっと見つけたやりたいこと、毎日そのために生きていけるのだから。

「あ〜あ……味噌汁なぁ。
 んなの、具に火を通して、味噌溶きゃいいだけじゃねぇか。
 その程度のモンに美味いも不味いもあるかってんだ」

ぶつぶつ言いながらも、この日もぶっちゃけられた料理の始末に取り掛かる。
一応自信作だった。
これまでで最高の出来といっても過言ではない、と自分では思っていた。
自分で作ったもので、しかも途中できちんと味見をしたわけだから、まったく食べられないといったものでもない。
それでも、あのふたりはまだまだ認めてくれない。

もう1年近くこの生活を続けている。
それなのに、まだろくに料理も作れない。
「具に火を通して、味噌溶きゃいいだけ」の味噌汁でさえ満足に作れない。
自分で言った言葉だが、自分で言ってしまっただけに余計傷ついてしまう。

「これなら料理のこと、もっと勉強しときゃよかったぜ。
 せめてレシピがあればなぁ……ん?
 レシピ?
 そういえば……」

片付けもそこそこに、生活用具が収納された船室へと急いだ。
この場所の整理整頓ももちろんリキッドの仕事のひとつで。
この方舟に乗り込んだ当初は散らかり放題だったこの場所も、リキッドの日々の努力で常にきれいな状態で保たれていた。

「確かこの辺の引き出しに……
 あった! これだ! 味噌汁のレシピ!
 何で今までこれの存在、思い出さなかったんだ?」

最奥の机の、一番大きな引き出しの奥に、リキッドの目的のものはあった。
手書きの、細かい注意書きの書き込まれた料理レシピ。
和風のものが多く、味噌汁の他にも出し巻き卵や味噌煮込みうどんの作り方まで記されている。
書かれた時期はわからないが、かなりぼろぼろになっている。

「これさえあれば、もうパプワに文句は言わせねぇぜ!
 見てろよ〜……ってパプワ!?」

「なにこんなところで油を売っているんだ?
 食事の後片付けがまだ済んでないだろ」

「い、いや。
 確かレシピがここにあったんじゃないかって思ってさ。
 ちょっと練習しようかと思って」

「レシピ?
 …………」

「んなッ!?
 何するんだよパプワ!
 返せよ!」

「他人の力を頼るな、馬鹿者。
 自分で自分の味を身につけてこそだろうが」

「んなこと言ってもよぉ。
 手本の味がなきゃ、作れるモンも作れねぇだろ?」

「…………」

「な、なんだよぅ……」

「……まったく。
 それならこの本を使え。
 食料庫に残っている材料――つまりパプワ島の食材だな、それを使った基本的な料理の作り方を記した本だ。
 伝統ある本だからな、これで勉強しろ」

「なっ!
 あるのなら最初から出せよ!
 これまでの苦労は一体なんだったんだよ!!??」

ドギャン! バコッ!

「すぐに人に頼るなと言っているだろう。
 まだそんなこともわからんのか」

「ず、ずびばぜん……ぎぼにべいじでおぎばず(肝に銘じておきます)……」

「まったく。
 身体に教えなければ覚えられんとは。
 わかったのならさっさとやることを済ませろ」

「へ〜イへい。
 ……そういえば、そのレシピはなんなんだ?
 この本でさえ活版印刷なのにさ、それは手書きだぜ?
 そんなに古いのか?」

「お前には関係ない。
 さっさと行け。
 行かないというのなら……チャッピー」

「わ〜かったわーかった!
 行きますよ、行きゃいィんだろ!?」

チャッピーにお仕置きされる寸前、リキッドは倉庫から逃げ出した。
パプワから受け取った料理本をしっかりと手に持って。

確かに他人の手を借りることになる。
自分の手で、自分の味を見つけ出してものにすることができれば。
それはきっと、ずっとずっと達成感を味わうことができるだろうとは思う。
けれど、早く彼らに認めてもらいたいという願い、そして、彼らに美味い飯を食わせてやりたいという思いの方が強かった。
自分の味は、それからゆっくり見つけていけばいいと思う。
顔がどうやっても緩んでしまう。
大丈夫、まだまだやれるという想いに、逸る気持ちを抑えられずにキッチンへと急ぐ。
すれ違った島民の誰もが、不思議そうな顔をしているのも気にならなかった。

一方、リキッドが逃げ出してきた倉庫では。
パプワが未だ、リキッドが見つけ出したレシピを見つめていた。

味噌汁のページ、一番下にある注意書きにはこのように記されていた。





『成人病を気にするのなら、味噌の量は控えておけよ。
 すぐに塩分過多になるからな』







今日も方舟は、蒼い空の下、青い海の上を行く。

もしかしたら空と海とで、知らない間に『彼』とすれ違っているかもしれない。




微妙にサンクチュアリです。イエ、心は思いっきりサンクチュアリのつもりで書いてたんですよ。
南国アニメで…パプワが気にしてたのは糖尿病でしたっけ? 高血圧も気にして…ませんでしたっけ?

レシピはシンタローさんが書いたものです。
南国アニメでは、サービスがシンタローに日本へ帰るかどうか、考える時間を残して1度パプワ島を去っていたので。
その考える時間に書いたレシピ、というつもりでこのお話は書かせていただきました。
原作、というより南国アニメ寄りのお話ですね(時間設定はPAPUWAですが)