text : PAPUWA

[ 満月の夜と、家政夫の淡い夢 ]


 真円の満月が世界を照らす夜更けのこと。仄明るいパプワハウスの中で、1人葛藤に悶える男がいた。
「(……いつ見ても綺麗な顔してるよなぁ。髪もさらっさらだし。寝顔もすげぇかわいい……)」
 つい最近、自分の想いを自覚した男、リキッドである。見つめる相手はガンマ団新総帥で、リキッド以前にこの島で生活していたシンタロー。彼の存在はこの島の王者たるパプワにとっても特別のようで。彼が再びこの島にやって来てからというもの、常に枕を並べて眠っているのである。初めからそのことに対して、どことなくもやもやとした感情を抱いていたものだ。それが嫉妬と羨望と気付いてからは、そのもやもやの正体が分かった分、気は楽になった。が。
「(やっぱり羨ましい……ッツ!!)」
 声にならぬ声をあげて涙を流す毎日なのである。パプワやチャッピーの超人(超犬?)的寝相によって、それは常に危険と隣りあわせではあるが、シンタローの寝顔をそっと覗き見るこの時間は、リキッドにとって至福の時間となっていた。
「……ん……よ……」
「!?」
 あまりに顔を近づけていたせいか、リキッドの気配に気付いたのだろうか、シンタローの眠りが浅くなった。寝返りを打って、そしてさらに顔が近くなる。一気に体温が高くなり、顔も真っ赤になる。
「(う、う、うわわわわァ!)」
 思わぬ幸運に、リキッドは時間が止まってしまえばいいのにと願わずにはいられない。小さく、あくまで小さくはしゃいでいるつもりだったのだが、さすがガンマ団新総帥というべきか、シンタローその僅かな空気の乱れに薄っすらと目をあけた。
「……!! い、いや、あのこれわッ!」
 むっくりと起き上がったシンタロー。その目は見事に据わっていて。リキッドは蛇に睨まれた蛙のように、一寸たりとも動けなくなってしまった。
「…………」
「……シンタロー……さん?」
「……った、くぅ……眠れねぇ、のかぁ?」
「え? うっ、うわぁぁぁっ」
 目が据わっているのは、未だ半分夢の中にあるからなのか。微妙に身体を前後に揺らせているシンタローはリキッドをヘッドロック……いや、普段のシンタローならば痛めつけるという目的からヘッドロックというのが妥当なのだろうが(そしてリキッドはそれすらも悦びと感じるまでに至っているわけだが)、この時ばかりはそうではなく、優しく首に手を回し、引き寄せたのである。
「(んなっなっなっ……何が起きてるんだッツ!?)」
 さらに、リキッドは夢にも恥かしくて想像できなかった、抱かれた形でベッドイン!の状態にまで持ち込まれてしまったのだ。
「(うわー うわー!!)」
 自分のはちきれそうな心臓の鼓動にまぎれて、静かに心地よい彼の心音が聞こえる。穏やかな寝息が頭の上で続いていて。温かい体温を間近に感じることが出来る。リキッドはもう、神に感謝せずにいられなかった。時間が止まるのなら、こちらの方が数千倍、いや数億倍イイ!興奮して眠るどころではないリキッドは、視線をめいいっぱい動かして、シンタローの寝顔を、普段では決して見ることのできない角度から眺めようと必死だった。すると。ぽんぽんと、なだめるような、あやすような手つきでシンタローがリキッドの髪を叩いた。
「(……ん? もしかして……俺のこと、コタローと思ってるのか? ……ま、いっか。コタロー様サマだぜ。こんな体験させてくれるんだもんな〜)」
 今は島を離れてしまった、短い間だったがこの家に住んでいた少年。パプワと、そしてこの島の住人達とずっと友達でありたいと願っていた少年。彼の願いの書かれた短冊は、今もジャイアントイッポンダケのてっぺんで風に揺れていることだろう。彼の、いつも覗かせていた笑顔は今もすぐに思い出すことができる。リンゴのお菓子を食べる時の笑顔はまた格別で。また一緒にテーブルを囲んで食事ができたらいいなと思う。できたら、この愛しい人も一緒に。
 リキッドが、そんな幸せな未来設計をたてていると。
「……ったく……他の……ヤツらには……想像できねぇんじゃ……ねぇのかぁ……ひとりじゃ……さびしくて……ねむれないなんて……なぁ、キンタロー……」
「…………(ぇえーーーーーッツ!!??)」
 声を出すことも叶わず、まして起き上がることなんて。しかしリキッドは、心の鼓膜が破れるほど心の中で絶叫していた。
「(んなっ、なっ、なーーーーー!? キンタローってあのキンタローさんだよなあのお気遣いの英国紳士の! それがって「それが」扱いなんてしちゃいけないけどその人がひとりで眠れないなんてそんなことあるわけないっていうかシンタローさん添い寝してやった経験あるのかよなんて羨ましいお気遣いの紳士めってそうじゃなくてシンタローさんキンタローさんのことどう思ってるんだろめっちゃ気になるしでも怖くてそんなの聞けるわけないしただの信頼関係ってやつかそれでも羨ましいことに変わりないじゃないかコンチクショウっ!)」
 と。混乱するリキッドの背後で光る獣の目。もちろんリキッドはそれに気付くはずもなく。
「(家族か家族だからかそりゃもともとひとつの存在だったらしいし俺なんかが入り込める隙なんてないだろうけどさでも今こうしてシンタローさんに抱かれてるのは俺であるわけだしそれだけでいいじゃ)ダビガフッ!!」
 ――チャッピーの、テコンドーで鍛え上げられた超犬的蹴りの炸裂した瞬間であった。



「めーしめし☆めーしめし♪」
「はーいはいはい。わかったから箸で茶碗叩くのはやめなさい」
 いつもと変わらぬ平凡な朝。しかしこの日台所に立っていたのはリキッドではなくシンタローで。
「ったく。なんで俺が朝飯作ンなきゃならねーんだよ」
「仕方あるまい。家政夫が起きてこんのだからな」
「朝飯当番はヤツだろ?生意気にも寝坊しやがって。こりゃ後でキツーく身体に教え込む必要がありそうだな」
 文句を言いながらも、てきぱきと朝食の準備を進めるシンタロー。その手つきは鮮やか、かつ迅速丁寧で。味噌汁の出しに用いられる煮干は、もちろんはらわたまで取り除かれている。今日の朝の献立は、味噌汁に出し巻き卵、あじの塩焼きにほうれん草の胡麻和えといったところだ。
 味噌汁の香り漂う中リキッドは。未だ夢の中、肉体的ダメージと、そして何より精神的ダメージにより三途の川の側のお花畑にいた。そのお花畑で、向こう側の岸にいる顔も見たこともないおばあちゃんに自らの恋の悩みを聞いてもらっていたのだという。
 ちなみに。無事三途の川のほとりから生還したリキッドは再びそこに旅立つことになるのだが。それはまた、別のお話。



去年('06)の3月の時点で「2年前に書いたんだ…」と感慨深くなってます。
てことは、今となってはもう3年前、になるんですね…
基本、手直ししない人ですから、サイトをリニューアルするたびに「ン年前なんだ」と思いを馳せるのでしょうねぇ