text : PAPUWA

[ black and blond ]


「本当に、いいのか?」
 世界に驚異的な勢力を誇るガンマ団、その最大級の軍艦のデッキに2人の男がいた。
「何のことだ」
 金髪の男は、碧眼を黒髪の男に向けた。黒髪の男は、やや躊躇いがちな仕種を見せる。近しいものだけが感じ取ることのできる微妙な変化だが。金髪の男はその変化を感じ取っていた。このように、面と向かって接したことは皆無に等しいというのに。
「俺は、コタローが目覚めたら今まで幽閉されていた分、いろんなものを買ってやりたいと、いろんなところに連れて行ってやりたいと思っている。お前は、24年間……」
「お前に幽閉されていたも同然、と?」
「…………。その分、やりたいことがたくさんあるんじゃねぇのか?それなのに、俺と一緒に来てもいいのか?」
 金髪の男は目を伏せる。目の前の男が持たず、自分は持っている秘石の眼を。
「お前は、いつでもかかってこいと、そう言ったな」
「え?あ、ああ……」
「それなのにお前と離れていては、それもできないだろう?」
 大型の戦闘艦のくせに、その飛行音は驚くほど静かで。2人の会話は誰にも、何にも邪魔をされることはなく。ただ淡々と進んでいく。金髪の男は、目線を黒髪の男に移した。黒髪の男には、どこか苦渋の表情が浮かんでいて。自身への視線に気付くと、彼にはしてはらしくなく、どこか怯えたような顔をした。
「お前がやりたいことってのは、やっぱり俺への復讐か?」
 負い目。その漆黒の瞳の奥で揺れているのはそれで、それは自分に対してのものだから余計感じることができて。自分の言動が、それを大きくも小さくもできる。大きくしてやって彼を縛ることもできるが、自分はそれを望んでいるわけではなくて。望んでいるのはもっと別のこと。
「――冗談だ。どうして俺がお前といるか、もうわかっているだろう?」
 息と一緒に言葉を吐く。黒髪の男の反応を見ることもなく、金髪の方は踵を返した。見るまでもなく、彼が複雑な表情をしているのは分かっている。嫌というほどよくわかる。ずっと近くにいたのだから。
 扉の開く機械音、その向こうに広がるのは空虚で無機質な世界で。金髪の彼は調整室へと向かった。軍艦の中とは思えないこの静けさ、それは彼が開発した精密機器の導入によるもので。人は彼を、突然現れた天才科学者と呼ぶ。しかしその声は、彼にとっては何の価値もないものだ。
 望み――自分にとっての望みが何なのか、今となってはわからない。それまでは、ただ外に出たいと思っていた。存在を認められたいと思っていた。だが、出てしまえばどうだろう。自分を包んでくれるものは、期待していたよりもずっと少なかった。いや、期待通りだったのかもしれない。自分を包んでくれるものなど存在しないのだという、その期待の通りで。空虚な気持ちは、自分に蓋をしていた男への憎しみへと変わって。しかし後に気付く。その男の側が、一番心安らぐということに。24年という永い年月は、そのまま彼の人生で、そして彼を包んでいた世界(かれ)の歴史でもある。もう今さら、その世界を忘れてしまうことなどできなかった。
 望み――それは満ち足りた人生といった、そんなありきたりなことなのかもしれない。しかしそれには前提が伴う。彼と共に在ること。自分を包む彼が、自分にとっての世界。自分にとっての価値は、すべて彼が基準となる。
「お前も一緒だろう?24年間共にした環境は、今でも心地よいということは」
 これまで一緒にいたのだから、これからもずっと。それだけが、スベテ。表で触れ合うか、裏で触れ合うか、それだけの違い。憎しみは、愛情の裏返しなのだ。



キンシン馴れ初め話その1
当時はこの他にもいろんなパターンを考えていたはずなんですが…
メモも何も残してないからなぁ
忘れちゃったよ;