text : PAPUWA the parallelos

[ 待たせ人 ]


 それは逃げじゃないのかと、そう思う。
 それでも最近、頓にその声が思い出されて仕方がない。
 甘ったれた声だと思っていた。けれど、そう思っていたのは、そんな甘ったれた声で話しかけられるのを、自分は不快には思っていなかったからなのだと、最近になって気がついた。
 むしろ嬉しかったのかもしれない。思い出すたびに、そう思ってしまう。
 ――それで、いいですから。
 いつまでも、下っ端属性の抜け切らない口調だった。それでもそこには真剣なものが込められていて。
 ――最後の最後で……利用するって形で構わないです。だから……
 声は耳に甦るけれど、直にその声を聞きたいと、無性に思えてしまう。
 ――シンタローさんが生きている限り、俺も生きていますから。
 移ろいゆく時の中に遺された心と身体は、すっかり弱くなっていて。今も温かく耳に残るその声は、常に自分を救い出そうと手を差し伸べてくる。
 その手に縋りたいと、何度思っただろう。けれど、それに縋ることは許されない気がした。あの温かい言葉が投げかけられたのは、今の自分ではないのだ。あの頃の、大切な、たくさんの人々に囲まれて強くいられた自分なのだ。
 その声を投げかけてくれた彼は、今の自分を望んでくれているわけじゃない。
 ――俺、どんなシンタローさんも、好きですから。
 髪を攫う潮風が、そっと耳元に囁きかける。
 ――シンタローさんだから、好きなんです。
 断崖に打ち付けられた波が、飛沫となって目の前を舞う。
 ――だから俺、いつまでも、待ってますから。

 あの頃の自分はどこにもいない。彼がそう言ってくれた自分はどこにも。
 今の自分が会いに行っても、彼は失望するだけじゃないだろうか。
 けれど。
「いつまでも、待たせておくわけにもいかない、か」
 せめて、もう待つ意味はないのだと、伝えに行ってやってもいいだろうか。
 たとえ、そこで失望されても。
 あの声を、聞くことはできる。
 記憶の中にある声ではなく、ホンモノの彼の声を。
 甘ったれた、あの声を。この耳で、直接。
 そして。できるなら。
 1度くらいその声に、甘えてみても、いいだろうか。



不老設定なので孫シンしりーずに入れてしまいましたが。
単品でも大丈夫と思います。
というわけで、リキッド結構報われ気味?なリキシンでした。

単品で大丈夫とか言いながら、でも実はちょっと繋がってたり?