text : PAPUWA the parallelos
[ ダイヤグラム ]
世界政府元総監が療養している別荘から、最新の世界最高峰を誇るジェットフライヤーで約1時間。世界の中心、政治的首都GCシティにコジローは来ていた。
この街が世界の中心と言われているのはもちろん、この街に世界政府本部が所在しているからに他ならない。
世界政府本部は、かつてのガンマ団本部を改修したものだ。ガンマ団本部施設は、当時最も堅固な牙城と言われていて、現在ももちろん、最新技術により難攻不落の城となっている。セキュリティ管理も世界で最も厳しい。いくらコジローが元世界政府総監の孫といっても、そう易々と入れるものではない。
しかし、コジローは何としてでも本部に潜り込まなければならなかった。世界一堅い門の向こうに、世界で起こったことの全てが記録されているデータベース、百科事典≪エンサイクロペディア≫があるのだ。それには、世界政府設立に尽力した青の一族の系譜も保存されているはずで。コジローの「おじさん」であるはずのシンタローが、一族のどこに位置しているのか、わかるはずだった。
以前から、彼らを包む空気がどこか特別なものであるということは了解していた。自分が入り込む余地の無いほど親密で。祖父もシンタローもどちらも好きなコジローにとって、その雰囲気を感じ取るたび、コタローとシンタローのどちらにも羨望と嫉妬に似た感情を持て余していた。
その空気に、コタローはこれまで、何という名前をつければいいのかわからなかった。けれど、そう。とても固い絆で結ばれた兄弟の情と言われれば、確かにそう呼ぶこともできると思う。断定できないのは、それ以上のものも感じられたような気がしたから、だが。
――シンタローは、コタローの兄なのだろうか。
そんなハズはない。常識から考えておかしい。80歳を越える祖父の兄ならば、シンタローのような年であるはずがない。いくら彼が、コジローが出会った頃から外見がほとんど変わってないと言っても、80歳以上であるはずがない。
なのに。コタローはシンタローを兄と呼び、シンタローはそれに応えた。
コタローが耄碌して、シンタローを兄と勘違いした、なんていう可能性は考えられなかった。コジロー自身がその証人だった。何故なら、ほんの2、3日前、コジローと会話したコタローは、とてもはきはきしていて。すぐにでもまた現役復帰すると言い出しそうな勢いだった。
では、コジローを揶揄おうと、2人で演技でもしていたのだろうか。しかし、それこそ考えられない。彼らは、コジローがあの場にいたのだということを知らないはずだ。誰も見ていないのに、誰が芝居したり、嘘をついたりする必要がある?
そう、彼らがあの時口にしていたことは、きっと真実なのだろう。
だが、そんなことがありえるのだろうか。まだまだ青年の姿をしているシンタローが、80歳を越えるコタローの兄だなんて。
世界政府本部は厳重に警備されている。コタローやシンタローに付き添って、何度も出入りしたことはあるから、ガードマンには顔が知れていて。ロビー程度になら1人で入り込むこともできるが。流石に端末にアクセスするのは難しい。端末室の場所や端末へのアクセス方法は知っているが、端末室に入るには関係者のIDが必要だ。政府には、青の一族に関係ある人物が何人かいるが、何とか彼らのうちの1人から、巧くIDを使わせるよう唆すか……
「あれ。コジローちゃん、どうしたの? シンタローさんなら、今日は来てないよ?」
カードの偽造まで考えていたところに、男にしては高い――人に言わせれば女の子のような声がコジローを呼び止めた。蒼穹を思わせる大きな青い眼。腰まで届く黄金の髪を、首の後ろでピンクのリボンでまとめている。童顔であることや声の高さから、性別不詳・中性的、永遠の少年――などと称される、コジローの再従兄、ヴィクトであった。彼は、コジローの知る青の一族の中でも、世界政府で高いポストに就いている。世界政府科学情報庁副長官、それが彼の肩書きであった。
「ヴィクトおにーちゃん。いつまでも『ちゃん』はやめてよね。俺、もう17だよ? ヴィクトおにーちゃんだって……もう三十路だろ? そんなキャピキャピ言葉、やめたら?」
「コジローちゃん……。キャピキャピって、それもう死語だよ? どこでそんな……。まぁ、いいや。確かに僕は30過ぎちゃってるけど、コジローちゃんが僕のかわいい弟みたいな存在であることに変わりはないからね」
コジローとて、ヴィクトを「おにーちゃん」呼ばわりする癖が抜けない。それを棚上げにしているあたり、コジローにとっても、ヴィクトが兄のような存在であることに変わりない、ということなのだろう。今のヴィクトが、自分の幼い頃の記憶にある彼とおおよそ変わったところがない、というのも理由のひとつかもしれない。
実際、ニコニコ笑いながらコジローを撫でようとするヴィクトは、どう見ても30過ぎには見えない。17のコジローと並ぶと、同世代の友達にも見えかねない。――そう、ヴィクトもまた、青の一族に時たま存在する、いつまでも「老けない」人物の一人なのだ。
シンタローと同じ、青の一族に現れる、老けない人物の――
「――ヴィクトおにーちゃんって、おじいちゃんのお兄さんの孫、なんだよね」
ふいに口をついて出た言葉。冷静で、平静と変わらない声を聞きながらコジローは驚いていた。そして、頭の中で、自分ではない誰かが論理を組み立てているのを感じていた。シンタローがコタローの兄ではないという可能性が少しでもあるなら。それを信じたいという思いが、少しでもその可能性を大きくしようと、ヴィクトから情報を引きずり出そうとしていた。
半年前、祖父コタローの病室で聞いた、彼の夢言。
――自分に素直になって、アイツに会いに行きなよ。せめて俺が生きている間に旅立って……俺を安心させてよ……
祖父にしては、どこか子どもめいた口調だと思っていた。しかしそれが、祖父の兄に向けられたものだと気付いて、あの頼もしい祖父にもそんなふうに振舞える相手がいたのだと、少し驚いた。
祖父のその言葉が心からのものだと感じたコジローは、自分が信頼を寄せる叔父に頼んだ。祖父の兄を捜してほしい、と。あの言葉を、祖父が直接伝えられるように。
それから半年、叔父から祖父の兄に関する情報は何ら齎されなかった。こちらから問いただしてみても、いい返事は得られなかった。まるで教えたくないようだと思わないでもなかったが、信頼している叔父だけに、そんなこと思うだけ無駄だと思ったのだが。
今まで自分は、与えられるのを待っているだけだった。それは、自分が子どもであるということを受け入れて満足しているということ。早く大人になって、シンタローと対等になりたい――そして、自分の想いを伝え、それに応えてほしい。そう思っているコジローとしては、このままではダメだと思い、自分でも調べていた。そうして、祖父に兄がいたことを知る。そして、その人がもう他界しているということも。
その事実を知って落胆しなかったわけではない。祖父の心からの言葉は、祖父の兄に伝わることはないと知れたのだから。シンタローが何も言わなかったのも、コジローが傷つかないように、きっと配慮してのことだったのだろう。
自分で納得いくよう調べて、祖父が口にしていたあのことは、自分の中ではケリがついていたのだ。残念だと思う気持ちはあっても、もう自分の中では終わったことだったのだ。
なのに。あの別荘で、コタローはシンタローを――
そう、自分の中では終わっていたはずなのだ。きちんと調べた。コタローの兄はひとりだけ。このヴィクトの祖父だけだと。
思い返して、ヴィクトには悟られぬようコジローは唇を噛む。そして願う。コジローが調べ上げたことは真実であると、ヴィクトが賛同してくれることを。
切羽詰ったコジローの心情を理解しているわけではないから、ヴィクトはいやにのほほんと頷いた。
「そーだよ。グンマおじーさまはコタローおじーさまのお兄さんだよ」
それは完全にはコジローの願いを成就させるものではない。もちろん自分の訊き方が適切ではなかったのだとわかっているから、落胆したりなどしないが。けれど、別の意味でコジローは狼狽していた。次に口をついて出た言葉が、自分の願う言葉をヴィクトから引き出そうとするものではなく、可能性を打ち消そうとするもの。自分を袋小路に追い込むような道へ導こうとするものだったから。
「俺のおじいちゃんの子どもって、俺の母さんだけ、だよね」
やめろ、と叫ぶ自分がいる。けれどもそれを振り切ってヴィクトの答えを今か今かと待ちかねている自分もいる。
「うん。僕のお母さまの従姉妹はコジローちゃんのお母さまだけ、だね」
可愛い弟の、些細な疑問に答える兄のように。ヴィクトは何の疑問を持つことなく答えていく。
「じゃあ、ヴィクトおにーちゃんに、おじさんっている? ヴィクトおにーちゃんのお母さんのきょうだい、ってことだけど」
ヴィクトのそんな姿勢を理解しているから、コジローもまた弟であるかのように、子どもであるかのように装ってヴィクトを誘導していく。
「僕に、おじさま? いるにはいるけれど、血の繋がってるおじさまはいないね。みんな、おばさまの旦那さんばかりだよ」
「血の繋がってるのは、みんなおばさん、ってこと?」
「そうなるね。おじーさまの子どもって、女の子ばかりだったみたいだから」
「そう……。俺がヴィクトおにーちゃんのこと、『おにーちゃん』って呼んでるのって、再従兄で、世代が一緒だから、だよね」
「そう、だけど?」
ここにきてやっと。前後の会話の繋がりに、些か疑問を覚えたのだろうか。答えるヴィクトの声に、不審の色が出始めた。
しかし、もう遅かった。
「でも、俺、ヴィクトおにーちゃんと世代的に一緒のハズのシンタローさんのことは、『さん』付け、してるよ」
「…………」
「ヴィクトおにーちゃんも、同世代のハズなのに、むしろヴィクトおにーちゃんのが年上なのに、シンタローさんのこと、『さん』付け、だよね。さっきもそうだった。――なんで?」
「……………………」
「ヴィクトおにーちゃんの従兄弟なら、『さん』付けなんてしないよね。ヴィクトおにーちゃんに青の一族のおじさんはいないんでしょ? だったら……なに? ヴィクトおにーちゃんも、知ってたんだ? 知ってて、俺のこと……」
祖父の代でも、親の代でも、それ以外に青の一族の人間を、コジローは知らない。考えられるのは、ヴィクトの系列だけだった。しかし、それでもないのなら……。エンサイクロペディアで調べるまでもない、やはり、コタローとシンタローが話していたことが真実だ、という答え以外にないということなのだろうか。
ヴィクトは何も言わず、ただコジローを見つめていた。いつも表情豊かなヴィクトにしては珍しい、何の感情も読み取れない薄っぺらい表情だった。自分だけが知らされていなかったことにショックをうけつつ、彼もこんな貌をすることもあるのか、と変に感心してしまった。
「――コジローちゃんが」
不意に、ヴィクトが口を開いた。
「何に対して、僕に『知っているか』って訊いているのかわからないけれど。でも、何か知りたくて、ここに来たんだよね。エンサイクロペディアにアクセスするために。エンサイクロペディアにしか記されていないようなデータを得るために」
咎められようと、罰せられようと構わない。それだけ自分の意志は固いのだと、コジローはしっかりと頷いた。それを見ると、ヴィクトの表情は、みるみるうちにやわらかなものに変わった。たとえて言うなら、慈悲深い聖母のような。
「嬉しいけど、寂しい気もするなぁ。もう、ひとり立ちの時、かぁ」
「え……?」
ぽそりと呟かれた言葉は、あまりに小さすぎてコジローには聞き取れなかった。聞き返すと、なんでもないよ、とヴィクトは首を振る。
「立ち往生、してたんじゃない? エンサイクロペディアの端末室にどうやって潜り込もうか、とか」
いつもヘラヘラしていて、どちらかというと天然系に見えるヴィクトだが、さすが科学情報庁副長官を名乗っているだけある、ということだろうか。こうして時に、ズバッと内面を見抜いてきたりする。いかに人が外見に因らないかがわかる。
内心ドギマギしていると、ヴィクトは懐からカードを1枚取り出した。
「僕のIDのひとつを貸してあげるよ。だから――自分の目で確かめてくるといい。そうしないと納得できないでしょ?」
「なんで――? 大事なモノでしょ。俺みたいな一般人に渡していいようなシロモノじゃ――」
「うーん。私情挿みまくってるけど、別にいいんじゃない? 僕の再従弟のコジローちゃんが、政府の情報漏らしちゃうようなマヌケでも、データ売りつけるようなクズでもないって、僕は知ってるから」
ニコニコ笑いながら言ってのける。一応脅迫めいたセリフをくれはしたが、本当ならいいハズがない。仮にも情報庁副長官だろう、とツッコミたい気は十分にあったが、ここはこの再従兄の好意に甘えるしか方法は無かった。
カードを受け取ってヴィクトを見ると、彼は微笑んでいた。
「行っておいで。キミの成長の助けとなるなら、僕は何だってしてあげるから――」
その微笑の、どこか悲しみが含まれているような様が、エンサイクロペディアに隠されているものが何であるのか、物語っているような気がした。
結論から言えば、コジローの不安が的中することはなかった。もっとも、その不安が解消されたわけでもなかった。
青の一族の系譜はおろか、エンサイクロペディア自体にシンタローの名前はなかったのだ。世界の全住民の戸籍の中にすらも。
だが、エンサイクロペディアから得られたものが何も無かったというわけではない。コジローの知らない様々な情報が、その中に管理されていた。教科書や、世間一般には知られていないような、元ガンマ団や世界政府上層部に関わる情報が。
コタローとシンタローの謎めいた会話を――不審に思い一字一句漏らすまいと聞き耳を立てていたのだから、コジローは覚えていた。病室で、シンタローはこう言っていた。『70年経とうが、1000年経とうが』、と。何故70年という月日が出てきた? それは、その年月が特別なものだからに決まっている。
シンタローに関する情報がこれ以上得られないと判断したコジローは、すぐさま70年前のデータを呼び出していた。70年前――それは、世界政府が樹立された時代であると共に、ガンマ団の最盛期であり、解散した時代でもあった。
ガンマ団最後の総帥は謎に包まれた人物だった。世界政府という歴史に残る組織を設立した真の功労者は彼だと言われている。しかし、偉業を成し遂げたにも関わらず、彼に関する一切のデータは表舞台には出ていない。歴史の教科書に載っているのも、初代政府総監であるコジローの祖父だけだった。教育内容の制限、紙面の都合上等など、考えられる要因は他にもあるだろうが、意図的に隠されていると言う方が納得いく。そう、存在が抹殺されているという点では、シンタローと酷似していた。
70年前、世界政府への移行期であると共にガンマ団は全盛期を迎えていた。所属している団員の数も設立以来最多を誇っており、世界統一・平和への気風が高まっていることを示していた。時代の変わり目と呼ぶに相応しく、その時期のデータは膨大なものであった。そこからコジローは、手始めにコタローに関するデータを検索にかけていた。さすがに後の総監というべきか、祖父のデータにたどり着くまでにはいくつものパスコードが必要となっていたが、コジローはその全てを持ち合わせていた。伊達に総監孫を名乗っているわけではない。
情報端末には、予想を上回る量の祖父に関するデータが保存されていた。青の一族の後継者であった祖父だが、その最初のファイルは生まれてすぐのデータから始まっている。まるで警戒するかのように、事細かに精密検査を施してきたのが解かる。
データを読み進めていくうちに、自分の知らない祖父の側面を知ることになった。幼い頃、実父に軟禁されていたというコト。秘石眼の力を暴走させ、とある島を破壊しかけてしまったコト。その後、原因不明の昏睡に陥ったコト。4年間の深い眠りから覚め、突然失踪してしまったコト等。
世界政府総監であったのだから、それは波乱万丈な人生を歩んできただろうことは知っていたが、これほどまでとは思わなかった。しかも、これだけの経緯を経験した当時の祖父は、今のコジローよりもずっと年下なのである。
コジローは、祖父のこのような過去のことは一切知らされていなかった。あまりに過激な過去だからか、知られたくなかったのだろうか。いつか話してくれることがあったのだろうかと考えながらデータに目を走らせていると、ある人物に行き当たった。
秘石眼の力を暴走させ、原因不明の昏睡に陥った祖父。その祖父を目覚めさせるべく、原因究明を命じられた医療チームがあった。当時の世界最高水準を誇るその医療チームに、シンタローに良く似た人物の写真を見つけたのだった。
シンタローに焦がれて久しいコジローには、その写真の人物がシンタローではないとわかる。しかし、シンタローをよく知らない人物なら、簡単に騙されてしまうだろうと簡単に推測できてしまうくらい、シンタローに瓜二つだった。
えてして、自分が目を向けたくないような不吉な可能性は、どんどん真実であるかのように錯覚してしまうものだ。その中に、少しでもそれを打ち消してくれるような可能性が現れたとき。人は、それに縋らずにいられないだろう。先人も遺している。『藁をも掴む』と。
コジローやヴィクトは、それぞれの祖父の若い頃にそっくりなのだという。隔世遺伝――その可能性が、シンタローにも当てはまるのではないだろうか。もしかしたら、シンタローはこの男の子孫で、訳あって青の一族の力を持ち、青の一族を名乗っているのかもしれない。
あの若々しいシンタローが、80を越えるコタローの兄だ、などという世迷い事よりも、よっぽど信憑性があるように思う。いや、そう思いたかった。今のコジローは、シンタローがコタローの兄でないという事実ならば、たとえそれが、シンタローは宇宙人である、などという誤ったものでも信じていただろう。なぜなら。シンタローがコタローの兄である――それが事実なら……。知らされないことで守られていたのかもしれない、けれど、そんな風に思うことはできなかった。それよりも、悔しくて、哀しかった。大好きな人たちに、ずっと欺かれていたのだと思うと。どうしようもなく。
写真の青年は、驚いたことにまだ若かった。もしかしたらコジローと同年代かもしれない。コジローが見つけたデータは医療チームのファイルに保存されていたものだったが、青年は正式な医療チームメンバーではなかったらしい。本籍は、当時のガンマ団総帥の私設研究チームだった。ほかにシンタローに関する手がかりを見つけていなかったコジローは、この青年を追った方が成果を得られるのではないかと判断し、さらに調査を進めていった。
ガンマ団解散と同時に、この総帥私設研究チームも解散したことになっているが、それは表向きの記録でしかなく、秘密裏にその研究は続けられていたらしい。研究室の場所を、当時のガンマ団本部から移動して。そこまでして続けられた研究が何であるかは、エンサイクロペディアにも記されていなかったが。
研究室が移動された後の研究チームについて、エンサイクロペディアは一切触れていない。記すことがあるほど機能していなかったからか、意図して記録されていないか。きっと後者だ――直感ではあるが、コジローは確信していた。ここで得られるものがもうないのなら、続きはその研究所で調べるしかない。思い立ったら即行動する、と普段から心掛けているコジローは、研究所の移転後の座標データをダウンロードし、ジェットフライヤーに転送した。何かしら手がかりがつかめるように、と祈りながら。
端末室を出ようとしたとき、プリンターが動作し始めた。何を印刷し始めたのだろう、と不審に思ったコジローが、プリントアウトされたそれを手にとって見ると。先程自分がジェットフライヤーに転送させた研究所の座標データ――今はもう、一般に手に入れることのできない地図だった。世間一般から抹消された、南の島への海図……
部外者が端末室にいたことがわかれば、IDを貸してくれたヴィクトに迷惑がかかるかもしれない。証拠は、できるだけ残さないほうがいいだろう。そう判断したコジローは、海図を折りたたみ、ジャケットのポケットにしまいこんだ。
本部の建物から出たコジローは飛行場へと足を向けた。太陽はちょうど真上を通り過ぎているところだった。抜けるような青空が、コジローが飛び立つのを待っている。その澄み切った蒼穹に励まされるように、コジローは駆け出した。
新たな世界への旅立ちか、絶望の世界への船出か。その先に何があるかわからない。それでも出発せずにいられないのだ。守られているだけの、弱いだけの自分ではいられない。知らないからと言って、その場に蹲っているだけの自分ではいられない。与えられるのを待っているだけの弱い自分ではいられない。
強いシンタローが好きだから。自分も強くなければ――強いシンタローに見合うはずがないから。
グンマの孫ヴィクトの登場です。
結構土壇場になって考え出したオリキャラなので、過去の孫シンと矛盾点がいろいろあるような気が…(面倒だから見直してませんが←ダメダメだぁ;)
ダイヤグラム、というのは図表とか列車の運行表(列車ダイヤ)とかのことですが。
英和辞典に「海図」という意味も載っていたのでそちらを適用しました。
お題関連では、いつもこうして曲解したがるものですから、困ったものですよね