text : PAPUWA <theme from "Here">
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「俺、冬って嫌いじゃないんですよね」
様々な次元に飛ばされる生活にも慣れた今、リキッドたちパプワ島の面々は白銀の世界にやって来ていた。気紛れのように変わる天候――先程までは五月蝿いくらい吹雪が吹き荒れていたというのに、今は深々と雪が舞っている。
そしてここはパプワハウスの中。リキッドの何気なさを装った言葉に、シンタローは口の端を上げた。
「そーいや、ハーレムにノルウェー沖に拉致られたって聞いたことがあるが。そうか、あれは拉致られたんじゃなく、合意の上での行為か」
「アレは別デスヨ……(ていうか、その表現なんとかなりませんか)」
「ノルウェー沖に好きで行くくらいなら、ココは楽勝だな。キビキビ働けよ」
「……………………」
「冬はやっぱり鍋だよな。煮込みうどんもいいが、今日は水炊きにでもするか。しゃぶしゃぶとかもいいよな。おでんも捨て難い。とりあえず大根はあったよな。白菜も……とってくればあるかもしれないな。――どーしたリキッド。寒いのは好きなんだろう。さっさと秘石探してこい」
「……もぉいいッス」
自分の期待していた展開にならないことなんてもう慣れっこだ。ハーレムに会ったことで、すでに下っ端人生は決まったようなもの。自分の意思なんて無かったも同然だ。今だって、この島での生活の主導権を握っているのは、パプワでありシンタローだ。自分の思うとおりに物事が進んでいくなんて、期待する気も起きない。けど。
――聞いてほしいな、冬が好きなワケ。
『なんで好きなんだよ。寒いだけじゃねぇか』
『何も寒いだけじゃないっスよ。ホラ、こうすれば』
(ぴとっ)
『てめェ、何ドサクサに紛れて気色悪ィことしてんだ!!』
(眼魔砲!!)
――……って、なるんだろうなァ。
たとえ暴力的に扱われたって、構ってもらっているという悦びの方が勝っているのだから、自分はもう完全に救いようがないのだろう。救いようがないと思っても、自分がそれを不幸だと思わなければいいだけのこと、と逆にリキッドは考えていて。さらに救いようがない深みにどっぷりと嵌っていくのは目に見えている。
――でも、1度くらい優しくされたい、カモ。
コタツで暖をとりながらリキッドは溜息をつく。モノをしまうところなんて一体どこにあるのだと言いたくなるようなパプワハウスは今、日本の風物詩であるコタツがその床面積の大半を占めている状況なのだ。コタツの出所を気にしてはならない、絶対に。何でもありなこの世界では、気にした方が負けだということを、リキッドはよく理解していた。
溜息をついたリキッドは、視線をちらりとシンタローに向けた。シンタローは、パプワと冬の旬について熱く語り合っている。これまた冬の風物詩である蜜柑を口にしながら、それはもうほのぼのとした温かい空気が流れている。肩を落とすリキッドなんて、まったくのアウト・オブ・ガンチューだ。
アウト・オブ・ガンチューで疎外された状況にいるリキッドだが、パプワと、チャッピーと、そしてシンタローが作り出すこの穏やかな時間が実は心地よかったりする。当事者達には理解されなくとも、彼らを包む空間にいることができる。いや、当事者間に入ることはできなくてもそこに存在していることは許されているという幸福感がある。温かい、穏やかな空気を、自分も感じることを許されているような。
しかし。それ以上に、できるなら構ってほしいという欲求はリキッドの中にあるわけで。シンタローの語る冬の旬を、何故か(と自分では思い込んでいるに過ぎないが)理解できる自分としては、その話に交じりたい、と思うのである。
――イイですけどね。もう慣れっこなんですから。
再度、深い溜息をついた。その時。
「ッタ!?」
蜜柑がリキッドの頬を直撃したのだった。発射元はシンタロー。呆れた顔の彼が、逆に溜息をついていた。
「オマエ、こんなのも避けられないでよく番人が務まるな。パプワの方がよっぽど強いじゃねぇか」
「ぐ…… 分かりきってること、今更言わなくたっていいですよ。(俺だって努力してるんですから)」
頬に直撃した蜜柑は、リキッドの膝の上に転がっている。シンタローが、変わらずパプワと談笑しているところをみると、この蜜柑は食べろということでシンタローがくれたのだと理解していいらしい。
心に、感動じみたものが広がっていく。
――シンタローさんが俺にくれた蜜柑……もったいなくて食べられない!一生の宝として保存を……
などという、アブナイ考えに至ることはイチオウなくて。シンタローの好意に甘えて、リキッドはその蜜柑を剥いて、一房口に運ぶ。冬の蜜柑独特の、天然の甘味が口に広がるのと同時に、愛しさに似た感情が心の中に広がっていく。こういうことを幸せというのかもしれないと、下っ端薄幸人生を歩んできたリキッドは思う。
一房一房、目尻が熱くなるのを感じながらリキッドが蜜柑を食べ終わると、シンタローがコタツから立ち上がった。
「準備、しろよ」
え? と見上げたリキッドに、シンタローは肩を落とす。何を聞いていたんだ、と言いたげな表情である。
「秘石があるのかないのか確かめないことには、この寒い世界から抜け出せないだろうが。パプワとの協議の結果、今夜の夕食はおでんに決定した。その食材調達の傍ら、オマエの秘石探しに付き合ってやる」
シンタローの苦笑混じりの仕方ないといったような笑みに、リキッドは思った。1度くらい優しくされたいかもなんて思っていたけれど、シンタローは常に優しくて、自分がそれを優しさだと気づけずにいただけではないのか、と。今だって、リキッドが蜜柑を食べ終わるのを待っていてくれたのかもしれない。思い返してみれば、ちょっとした優しさというモノはそこかしこに溢れている。
先程の、シンタローの不意打ちの優しさに感情の箍が外れてしまっていたリキッドは、同時に緩んでいた涙腺から涙が零れ落ちそうになるのを必死で堪えた。優しさを享受する資格は、今の自分にはないような気もしたし。それまでの優しさに気づけなかった自分を戒めるためにも。
「秘石を見つける前にキャベツを探せ」
立ち上がったリキッドに、しかしシンタローは些か突拍子もないことを指示する。さすがガンマ団総帥というだけあって、命令する姿は様になっているが、その内容にリキッドは首を傾げた。
「どうしてキャベツなんです? この時期、見つけるのは難しいんじゃ」
「ロールキャベツにしておでんにいれるんだ」
「ロールキャベツ? おでんに!?」
リキッドが驚いて言ってみせると、シンタローは呆れたように息を零した。
「コンビニのおでんのメニューにも入ってるだろ。確かにこの環境じゃ手に入れるのは難しいかもしれないが、冬キャベツは煮込むと甘味がでるだろ。オマエ、そんなことも知らないのか。家政夫のクセに」
「それは知ってますけど」
――というか、番人のクセに家政夫に納まってたらダメだとか言ったのはシンタローさんなんじゃ?
リキッドの心のツッコミをよそに、シンタローは着々と外出の準備をすすめている。艦に行けばマシな防寒着があるだろう、ということで、格好としてはノースリーブのままだったりするが。
――ノルウェー沖の寒中水泳に比べればマシ、かぁ……
特戦時代の過酷な任務に耐えてきたリキッドだ、これくらいで弱音を吐いたりはしない。先程の「冬は嫌いではない」宣言を撤回したいわけではないが、それでもこの穏やかで心地よい時間はこれで終わりかと思うと惜しいところもある。
シンタローとて、総帥に就くまでは、ガンマ団ナンバーワンとして腕を鳴らしてきたのだ。このような環境での任務もお手の物だろう。リキッドの今の心境に似たものなど、まったく感じていないような素振りを見せている。そのシンタローに、ちらりと視線を投げかける。外から戻ってきたら、またさっきみたいな時間、一緒に過ごせますか――と、そんな意味を込めて。
「何、暗い貌してんだ。別にキャベツに拘る必要はねぇよ」
要は具が包める葉物野菜が手に入ればいいんだ とシンタローはリキッドの視線の意味を誤って解釈している様子。正確に理解される可能性の方が少ないのだが、リキッドは肩を落とさずにいられない。
――ホント、慣れちまったよな。こんな展開にも。
思いながら、リキッドは大き目の籠を背負う。クボタくんの卵は、さすがにゆで卵にしておでんには入れられないかと考えて、しかしシンタローも同じような籠を持っていることに少し安心する。
このような日常に慣れてしまって、甘んじているからこそ。こんな日常がとても貴重なものだったのだと、後になって気づくのだ。シンタローの優しさが絶えず自分に向けられていたことに、後になって気づいたように。たとえそれが気紛れで些細な優しさだったとしても、リキッドにとって嬉しいことに変わりなく。たとえ他愛無い、なんてことはないやりとりだったとしても、リキッドにとって心安らぐ瞬間であることに変わりない。
今を生きるのに、いい意味で一生懸命なリキッドはそのことに気づかない。気づかないからこそ、一生懸命でいられるのかもしれない。
シンタローと歩けるなら、吹雪がどんなに吹き荒んでいたとしても、その環境を好きになれる自信がある。そんな風に幸せを全身で感じているリキッドは、初積雪にはしゃぐ子どものように外に飛び出してシンタローの失笑を買う。
リキッド自ら、その穏やかな空気を演出している――そのことに、リキッド自身気づいていないことは言うまでもない。
気づいた時にはもう遅い。その時にはもう、それらの記憶は残響のように曖昧にしか存在していない――
始めはもっとほんかわしたものを、と思ってたんですが。最後の最後でちょっぴり切ない系にいってしまいました。
ていうか、読んでみればお題にこじつけている、としか言い様がありませんね。
この「Reverb」というお題よりも、リキシン好きに20のお題「12.穏やかな空気」の方がよっぽどあってるんじゃないか、と思いましたよ。