text : PAPUWA <theme from "Here">

[ ポートレート ]


 髪を、短く切った。ルーザーの再来かと、あちこちで囁かれた。そんなに似ているのかと、アルバムを開いてみた。若い頃の父親が、他の兄弟と一緒に笑顔で写っていた。もし自分に若い頃があればこんな顔をしていたのかもしれないと想いを馳せていると、一枚の写真が目に留まった。
 1人の大人が、4人の子どもを腕に抱えている写真。それまでに繰ってきたページから、その4人の子どもが父やその兄弟たちだということは分かる。大人は、その誰もにどこかしら面影を伝えていて。4人の兄弟が、満面の笑みでその身を預けている人物――それは父の父親、つまり自分の祖父にあたる人物だった。太陽――そんな言葉がするりと口をついて出てしまう、それほど輝いた笑みを浮かべている人物。全ての不安を吹き飛ばしてしまうような。いつまでも包まれていたいと思う笑顔とその腕。それだけで心惹かれる。けれど、自分はその祖父について、あまりに何も知らない。どうして――そう思って写真の裏側を見てみる。年代順にきちんと整理されたアルバムの中で、終盤に挿まれたその写真。それ以降、その祖父の写真は一枚も存在していない。
 その最後の写真の日付は、もう、40年も前のものだった。



「結構てこずっちまったな」
 ガンマ団本部から然程離れていないQ国。然程離れていないということで、それまでは円滑な関係を築いてきたのだが。それまでの総帥が息子にその地位を譲ったのをキッカケに不穏な動きを見せ始めていて。先日、右翼派がクーデターを起こし、ついに独裁政権が樹立された。武力で民衆を押さえつけるその政策に、新生ガンマ団はQ国に軍事的介入を行うことを決定。新総帥自らその地に向かったのだった。
 かつてガンマ団ナンバーワンの殺し屋と言われていたその男は、今は真紅のブレザーに身を包む総帥となっていた。さらに磨きのかかったその強さは、それだけで親の七光りだと囁く声を黙らせ、支持者を続々と増やし続けている。
 しかし、その強さを未だ知らぬ者は世の中にいくらもいて。それらのうちのいくつかが反旗を翻した結果がこの戦乱。俺もまだまだだな、と新総帥は呟いて戦地へ赴いたという。
「これだけの武器を所持していたとは計算外だったからな。仕方ないだろう」
 幾筋もの煙が未だ立ち昇る市街地。それを見渡せるここには、ほんの2・3時間前まで独裁政権が存在していた。長く続いた攻防戦、被害が拡大することを防ぐため、終には総帥自ら攻撃を行った。議会場はものの見事に粉砕され、そこを牛耳っていた連中も、ほとんどが命を落とすか投降するかした。
 総帥が破壊した議会場跡、そこから地下室が発見され、大量の武器が押収されていた。水面下では、どうやらだいぶ前からこの反乱は計画されていたらしい。本格化したのは前総帥がガンマ団を頻繁に空けるようになってからだと思われる。少しは自分にも原因はあるな、と現総帥は舌打ちした。
「この武器はどうせ、市民から搾り取った税金で購入したものだろう。押収した分、ここの市民には食料や生活用品を配給しておくんだぞ」
 的確な指示を出していく総帥を、傍らに立つ彼は、どこか複雑な表情で見つめていた。
「……どうした、キンタロー。何か気付いたことでもあったか?」
「え?……い、いや。何でもない」
 突然振り向かれ、彼――キンタローは首を振るしかなかった。ナンバーワンの殺し屋と言われていた現総帥は、総帥の座につくまでも何度も戦場に立つことはあった。その彼を、キンタローはよく知っている。彼の中で、ずっと生きていたのだから。初めて戦場に立ったときの彼の躊躇いも、初めて人を殺めたときの彼の苦悩と悔恨も、全て一番近くで見てきた。同じところで生きてきたとはいえ、彼とは別個体なのだから、さすがに彼が感じていることそのものを共有することは不可能だったけれど。
 今回は、初めて見る戦場での彼だった。いつもは同じ視点で見ていたから、彼がどのように振舞っているか、それは新鮮なものではあったけれど。あまりの違いに茫然としていたのだった。内と外では、これほどまでに違うものなのだろうか、と。
 それまでキンタローは、従兄弟であるグンマと共に研究に没頭することが多かったのだが。いつからかその生活に違和感を覚えるようになっていた。物寂しいような、物足りないような、不安なような。少し抜けているグンマにさえ、ぼーっとしていると言われ、そこまで自分は気抜けしているのだろうかと考えたものだ。それらの感情が解消されるのがどんな時か、それもキンタローは自覚していた。1人戦場に発っていた、もう1人の従兄弟、現総帥シンタローが帰還したときだった。
 離れていることは、もう耐えられないことなのか。不安と安心の繰り返しを何度も経験して、そして我慢できなくなって。ついにキンタローは、シンタローと行動を共にすることを決意した。
 気まずい雰囲気がなかったわけではない。きちんとした言葉のやり取りをして和解したわけでもない。それでももう、彼なしでは自分は自分でなくなるような、そんな気がしてならなかったから。
「あ、そうだ。これ、やるよ」
 黙りこんでしまったキンタローに、シンタローは努めて明るい声で言った。シンタローが胸ポケットから取り出したのは、2人で写る写真だった。
「ほら、出発前に艦の前で撮っただろ。コピったってんで、もらっといた」
 受け取って、キンタローは心臓が大きく跳ねるのを感じていた。自分が後ろから羽交い絞めにされている写真。恥かしいのと突然のことで、自分はなんともおかしい表情をしていたけれど。自分の後ろにいるシンタローは、屈託の無い笑みを浮かべていて。それは、あの祖父の笑顔に酷似していた。一目見ただけで、どこまでも吸い込まれてしまいそうな。太陽のような温かさ。そういえば、写真を撮られるあの瞬間、自分はとても安心していたような気がする。
 しかし、その温かさは、逆に不安を感じさせた。もしその温かさを喪失してしまったら。自分は、どうなってしまうのだろう。写真はその一瞬を長い間その紙に封じ込めている。しかし、現実にいる彼のその笑顔は、永遠ではない。
「結構いいカオしてんじゃねぇか。なぁ、キンタロー」
 笑う、シンタロー。眩しく、無邪気に。温かい、笑顔。それは。
 いつ失われるか、わからない――
「シンタローッ!!」
 瓦礫の影から現れたのは、自分たちの半分ほどしか生きていないような少年で。怯え震えながらも、その手にはしっかりと銃が握られていて。その銃口は、シンタローに向けられていた。
 アルバムで祖父の写真を見つけてから、キンタローは祖父について調べてみた。ガンマ団を世界的規模にした功績は、前総帥のマジックによるところが多いと語る者は多いが、それはその前の総帥である祖父の下積みがあってのことだった。ガンマ団の重鎮の中では、今でも祖父を敬愛する者は少なくない。金の髪、炎を思わせるブレザー。勝利の象徴、不死身と謳われた男。それでもその男は戦場で輝きを奪われた。
 ――輝きを奪ったのは、年端もいかぬ少年兵だったという。
「ッカヤロー!何かばってんだよッッ!!」
 他人のために、これほどまで身体が動くのだろうかと、暢気に思った。いや、他人ではない、か。24年を共にした、もう1人の自分。彼の声が、銃創から身体に響いた。
「シ……タロー……オマエ、は……」
「大丈夫に決まってンだろがッ!俺は銃弾なんか受けても平気なんだ!オマエがかばうことないだろッ!!」
「オマエ、が……平気、なら……俺も、平気、だな……」
「バッ……もういいっ!これ以上喋るな!おいッ救護班はまだかッツ!?」
 撃たれたのは右脇腹で、弾は貫通しているものの、出血が止まらなかった。今まで実戦で血を流したことがないわけもないが、しかし、これほどの出血は初めてで、血と一緒に生気も流れ出ていくような気がした。圧倒的な力の差を突きつけられた時とはまた違った恐怖を感じていた。
 この恐怖の正体は、一体何なのだろう。荒くなる呼吸、霞む視界、垣間見えるシンタローのカオ。歪んで、見える。
(あぁ、そうか。このカオが原因か)
 ついに瞼を上げていることができなくて、ちかちかする闇の中で先程のシンタローの表情を思い出してみる。笑っていた貌が、驚きの貌を経て歪んだ貌になる。笑っていてほしかったから、失われてほしくなかったから、こうして飛び出したというのに。結局、その貌は失われてしまったのか。
 アルバムで見た祖父、一目でこの男を気に入った。全てを受け止め、包み込む大きさを持った男。その男は、戦場での傷が原因で死んだという。どうしてここまでこの祖父に惹かれたのか、それはやはり、その笑顔がシンタローに似ていたからなのだろう。あの島で全てが終わり、ガンマ団を新しく造り直そうという時、その指針を、自分の望む未来を語るシンタローはどこまでも輝いていた。自分に向けられた笑顔ではなかったが、その輝きを見ると、とても幸せだと思えた。
 同じ笑顔が、写真の中に収められていて。頭を過ぎったのは祖父の死因だった。父親が死んだのも戦場だった。もしかして、この男も同じ運命を辿るのではないか?そう思った矢先に目に映った少年兵。あんなにも早く反応できたのは、この男の笑顔を守りたいという想いが、本能的な想いだったからなのだろうか。
 守りたいと思って飛び出して、けれど結局その笑顔は歪んだものに変わって。漂う意識の中で、どうしたら笑顔を取り戻してくれるのかと考えていた。



 ――お、そこのオマエ。それ、デジカメか?
   丁度いい、キンタローの初陣記念に1枚撮ってくれるか。
 ――なっ!そんなコト、する必要ないだろうっ。
 ――もしかして照れてンのか?照れる必要こそねェだろ〜
 ――よっ、よせ、シンタロー!
 ――ハーイはいはい。じゃ、きちんとカメラの方、向くんだぞ〜
 温かい腕が身体に回される。密着した身体はシンタローの心音を感じて。笑う気配、確かに感じていたけれど、もしかしたら自分の思い込みかもしれないと、それこそそんな必要もないのに自分に言い聞かせていた。自分にはそんな笑みは見せない、と、そう思っている方が楽だった。一度でも見せてほしいと願えば、そしてそれが成就してしまえば、それを失った時の痛みに耐えられないだろうから。
「目、覚めたか?」
 独特の飛行音と一緒に、シンタローの声が聞こえた。身体に力が入らず、動かすことができたのは顔だけで、そうしてやっとシンタローの姿を捉えることができた。飛行音――つまりここは軍用艦の医務室らしい。しかも集中治療室。しかし、今、この部屋にいるのは自分とシンタローだけのようだった。
「まだ動くなよ。手術が終わってからまだそう時間は経ってないんだ。本当なら麻酔も切れる時間じゃないのにな。それでも起きやがったか」
 シンタローは笑っていて。そのことにまず安堵した。自分の望む、満面の笑みではなかったけれど。しかしその笑みも、すぐに曇った表情にかき消されてしまった。曇った理由とは?怖くなって、キンタローはシンタローが何か言う前に口を開いた。
「とんだ失態だな。初陣で負傷して、本艦を帰還させるまでしてしまって。――悪かった」
「何言ってンだよ。詫びるのはコッチの方だ。もっと俺がしっかりしていれば……銃口向けられる前に気付いていれば、オマエにこんな怪我させずに済んだのにな」
 言って、シンタローは窓の外の景色に目をやった。薄く蒼い空は、それが夜明けの近い空なのか、夕暮れの過ぎた空なのか判別させてくれなかった。どれくらい眠っていたのだろうと、時計を探そうと顔を巡らせようとすると、シンタローが口を開いた。
「悪かったな、ホント。オマエのおかげで助かった」
「どうしたんだ、いきなり。これくらいの傷、ガンマ団に所属するなら当たり前のことだろう?」
「でも……もうこんな真似、するんじゃねぇぞ」
「……シンタロー?」
「もう、俺のために、傷ついたりするな」
 オレノタメニ、つまりそれは、オレノセイデということ。拳を強く握り外の景色を見るシンタローの横顔を、キンタローは唇を噛んで見つめた。やはり、簡単には消えないのだ。キンタローの24年間を奪っていたという事実は、眩しい笑顔の下で、常にシンタローを攻撃する。シンタローに真の笑顔を齎[もたら]さない。かと言って、気にするなとは到底言えない。言ってしまえば、余計シンタローを傷つける。
「――俺は、シンタローが傷つくのは見たくない」
 自分が傷つけるのも、自分以外の誰かが傷つけるのも。絶対に、嫌だ。
「俺だってそうだ。オマエが傷つくのは見たくない」
「だったら。シンタローも傷つかないでくれ。シンタローがそうなるだけで……そうなってしまうと考えるだけで、俺は……俺は壊れてしまうから」
 だから、一緒に行くことを望んだ。研究や開発は楽しかったが、それでも自分のやりたいことはこれではないとすぐに気付いた。グンマの研究を手伝いながら、しかし考えるのは戦地にいるもう1人の従兄弟のことで。無線で伝えられる戦況を聞くたびに落ち着かなくなって。無事帰ってきても、僅かでも足を引き摺る素振りを見せるシンタローを見ただけで、そうさせた相手を殺してやりたくなった。
 傷つかないで、笑顔でいて。シンタローが笑顔で生きているだけで、24年の空白も昇華されるから。
「――わかった。だからキンタローも傷つくなよ」
 言葉と同時に、シンタローの顔が近づく。覆いかぶさるように抱きつかれた。
「ゴメンな……あんなに血を流させて。せめて俺の血をやりたかったのに……。赤の番人<ジャン>の血じゃ、オマエにやれなかった……」
 同じトコロで生きてきたのに――そんなシンタローの声が聞こえたような気がした。胸元に移動したシンタローの顔。キンタローの心音を確かめるように耳を押し付けて。その表情はキンタローからは見えなかったが、きっと歪んではいないのだろうと思う。せめて安らかな貌だったらと、そう願うばかり。
 どうしたら笑顔でいてくれる?ほんとうに笑ってくれる?
 俺が笑えばオマエも――そう思うのは、傲慢なことだろうか。



書きたかったこと。
 ・ライオンパパのこと(中途半端)
 ・ジャンの血=特殊な血。で、輸血することができなかった。それを悔しがるシンタローさん(一応達成?)

あと、どうでもいいことかもしれませんが
シンタローとキンタローふたりのピンナップは、危うくガンマ団全域に流通するところだったのですが
キンタローさんによりそれは阻止(規制?)されたとのことです