text : PAPUWA <theme from "Here">

[ コーヒー付 ]


 いつも一番早く起きる自分にとって、いつもは賑やかなはずの家の中がシンと静まり返っている、というのはさして珍しいことではない。誰もが眠りについて、目覚めには遠い時間帯。それは、自分だけが息衝いているようで、少し寂しい気もしたり、別のところでは自分に指図する人間がいないということにちょっぴり安堵も感じてみたり。
 そういった意味で、早朝というのはリキッドにとって特別な時間だったりする。
 いつも賑やかすぎるから、静かな時間は本当に貴重なものに思えて。その時間に身を委ねていられるということに、心は穏やかなものになっていく。1日の始まりにこうした気持ちになれるのは、日中ストレスが溜まりかねない状態にある毎日の中で、本当にありがたいことだった。
 ストレスの原因、というのは、まぁいろいろ。少し前だったら、やっと解放されたと思っていたけれど、年くった分だけえげつなくなった元上司と元同僚のイジメだったり。いつどこに張っているかわからないストーカーだったりしたのだけれど。上司達は島を離れていったし(というか、離れざるを得なかったというか)、ストーカーも、コッチが忙しくなった分、前よりはナリを潜めていると思うし(というか、思いたい、というのが本音だったりするけれど)。
 現在、専らの原因となっているのは……今も静かな寝息をたてている同居人、だったりする。彼に惹かれている今となっては、そのストレスさえも幸せな悩みなのだろうから。あえて解消したい、と思うことはないのだけれど。
 あえて解消したいとは思わなくても。心が安らぐ、というのは嬉しいこと。だから、静かな時間はありがたかった。
 その静かな時間が、より濃密に感じられる、というのは。今のこの気候が十二分に影響しているからだと思われる。目を覚まし、身体を起こしたリキッドは。伸びをして、顕になっている腕をさすった。凍えるほど、ではないけれど、冷たい空気がパプワハウスの中に忍び込んでいた。
 赤の秘石を探して、次元を転々とする生活が始まって。今回やってきたのは、パプワ島が本来あった世界と同じような世界。リキッドが生まれた世界と、さして違いの見つからない世界だった。これと言って特徴の見当たらない、と思われたその新世界は、しかしその直後、リキッドらにその最大の特徴を知らしめていた。それは。小さな赤い秘石を探し出すには。とてつもなく、広い、ということだった。
 昨日この世界にやって来たのだが、話のわかるような知的生命体に接触することすら果たせなかった。1日でまた島に戻ってこられるような距離を探索していたのでは、状況は何も変わることはないだろう、という結論に至って。それならばある程度食料を持って遠出しよう、という話になった。
 そういうわけで。リキッドは。普段でさえ1番に起きだしている、というのに。さらに早い時間に目を覚まさなければならない運びとなったのだった。といっても、それは誰かに強制されたわけではなく、自ら決めたことなのだが。
 今のこの世界の気候は、初冬、といったところらしい。これまで長い間南国という気候帯にいたのだから、そのギャップに身体はまだ慣れていないようだ。起きるまでに、少し布団の中で丸まってみたりもしたが。そんなことしてる暇なんてないだろう、と身体に鞭打って起き上がった。
 長期の探索となるならば、持って行く食料は保存の効くものに限定される。だからこそ、最初の1日、普通の食材でももつ期間内に食べるものは、栄養のバランスのよいものを食べて欲しい。好きな人に満足してもらいたい――そんな気持ちが、リキッドを突き動かしていた。健気に早起きすることなど、何の苦にもなりはしないのだ。
「さぶぅ。うわっ、まだ星見えてんじゃん」
 表に出て、リキッドは思わず漏らしていた。熱帯気候のジャングルの朝は早い。同じ時間でも、すでに太陽がその姿を見せていたり、気温も高かったりする。しかし、今来ているこの世界は。昼がどんどん最短を目指していく。日の入は早くなり、日の出は遅くなる。――そんな、初冬に見られる自然の特徴が見事に表れている。朝晩の冷え込みも、熱帯気候に比べれば雲泥の差だ。いくら身体を鍛えているからといっても、ノースリーブは少しキツイ。もちろん、ノルウェー沖に比べれば全然大したことないのだけれど。
 肌をさすりながら空を見上げれば、これまでに見たことがないほどの数の星が散らばっていた。周囲に明かりなどないから、普段でも多くの星が見えるのだが。空気が冷えている分、煌きが増しているように思う。
 しばし見とれていて、吐く息が白いことに気付いて我に返った。もっと見ていたい、と思うけれど、栄養満点特製弁当の下ごしらえに取り掛からなければならない。献立に関しては、昨晩寝る前に考えておいたから。あとはそれを実行すればいいだけ。少しだけ身体をほぐすためにストレッチを行って、リキッドはパプワハウスに戻った。

 それから十数分。空は次第に白み始めていたが、その様子に注意を向ける余裕はリキッドにはなかった。1日の行動を支える朝食の準備と並行しての昼食の準備。それだけでも大変なのに、すぐ側では未だ2人と1匹が安らかな眠りを貪っているのだ。それを妨げようものなら、一体何が起こるか。リキッドは身を以って理解しているし、そんな恐ろしいことできるわけがない。そもそも、物理的しつけ(?)を受けまいと心掛ける以前に、彼らの寝顔を壊したくない、という平和的想いもある。特に、超オレ様な想い人のあどけない寝顔は。だから、できるだけ物音は立てないように。慎重に迅速に、ムダなくソツなくテキパキ手を動かす。
 と、調味料のラックに手を伸ばしかけて、思い至る。
「ヤベ……砂糖も塩も、切れかけてやがる」
 そういえば。昨日はデザートを奮発して、いつも以上に多く作ったりしたものだから。作るのに夢中で砂糖が少なくなっていたのに気付かなかったらしい。塩は……塩は厄除けに蒔いたのだった。甘い香りに誘われてやってきた、最凶女子高生の気配をパプワハウス周辺半径100m以内に感じたものだから。それはもう一心不乱に。
「昨日のうちに確保しときゃよかった……この2つが無けりゃ何もできやしねぇじゃんか」
 やろうと思えば作れるだろう。けれど、そんな中途半端な料理を出したくない。ダメ出しされるとか、そういう問題ではない。想い人には、最高のものを口にして欲しかった。自分にできる、気持ちのいっぱいこもった料理を食べて欲しかった。
 パプワ島のどこに何が群生しているか。この島で暮らすようになって、リキッドは生活に必要なものならばそれらがどこにあるのか、完璧に把握していた。今必要としている砂糖と塩は、その代替となるものがパプワハウスの近くに群生していたはずだ。もっとも、今のこの気候の変化で打撃を受けていなければ、の話だが。
 リキッドが砂糖と塩の代替品を求めて外に出たときには。漆黒だった空も透明感を増してきていた。星もすでに眠りにつきはじめている。朝陽が顔を出すのも時間の問題であろう。東の空は、何とも形容しがたい複雑な色をしていた。
 改めて考えてみれば、パプワ島のこんな東の空を見るのは初めてのことかもしれない。いや、見たことはあるだろうが、記憶には残っていない。そもそも、南国の島の朝は早いのだし。目覚めたときには既に太陽は強い光で自己主張している。まだ目覚めていない、こんな控えめな東の空なんて……記憶に無い。日々に忙殺されて、残っていないだけなのかもしれないが。
 あるいは、多くの人がそうであるように、夕焼けという対極の空の印象が強すぎて、こちらにまで気がまわっていないのかもしれない。燃えるような茜、淡いミスティローズとアザミ色のグラデーション、昏い光を最後の足掻きのように見せている夕陽……1日の終わりに、強いインパクトをもって現れるそれら。空の色と問われて思いつくのが、青空と、夕焼けの色だと言われて納得してしまうほどに、印象は強い。曇り空や、他の景色を跳ね除けてしまう。まして、同系の色を持ち合わせている朝焼けなど、霞んでしまう。
 根本的に、原理が同じなのだ。同系色を示すのは当然のことなのだろう。よく目にする夕焼けが取沙汰されるのも納得がいくことだ。そう思うと。何故か、朝焼けが不憫な存在のようにも思えてくる。同じような美しさを持っているというのに。夕焼けほど、気にかけてもらえないなんて。
 そんな哀れみがあるから、というわけでもないが。リキッドは、東の空の色に惹きつけられていた。胸を打たれるような、切なさも同時に襲ってくる。えも言われぬ幸福感、みたいなものも。これだけのことを感じるのだ、きっと、哀れみだけが今この胸にあるのではないのだろう。
 だったら、何? 切なさは……哀れみが説明してくれるだろうが。幸福感? 何が、それを感じさせている?
 道なりに考えながら、最もしっくりくる、シンプルな考えに辿り着いた。
 それは。朝焼けが、1日のはじまりに現れるから、ではないだろうか。
 基本的にリキッドは、(どちらかといえば)ポジティブ思考の持ち主だ(と、思いたい。自分的に)。この美しい景色を見るために、1日の運全てを使い切ってしまった――なんてことは思わない。むしろ、1日の初めにこんな美しい景色を見られるなんて、今日はなんて運がいいんだろう、と思う方だ。少なくとも、今の生活には『彼』がいる。それだけで、1日が悪いものになるなんて考えられなかった。
 さっきも。星空を見た後でパプワハウスに戻り。しっかりとその寝顔を拝ませてもらった。今日も、この人がいると、確認して。安堵して。幸せになる。満たされた気持ちになって、見ることができた朝焼けだから、綺麗に、美しく見えたのかもしれない。たった1人の存在のあるなしで、こんなに満たされた気持ちになるなんて。なんて自分はお手軽なんだろう、と思わずにいられないが。しかしそれは、彼が欠けてしまえば自分がどうなるかわからない、という危うさも孕んでいる。そこまでに、彼の存在はリキッドの中で大きくなっている。
 そうこうしているうちに、リキッドは目的の地に到着し、無事に調味料の代替品を手に入れていた。頭は既にこれから作る料理のことでいっぱいだった。これから作るのは、シンタローの大好物。パプワハウスで一緒に過ごした時間はまだまだ短いけれど、その時間の中でリキッドが見出した、今世紀最大の発見――と言っても過言ではなかった。
 基本的に、同居人たちに好き嫌いというものは存在しない。パプワたちに関しては……断言できる。味付け諸々にお小言を頂戴することは、まぁあったりするが。シンタローに関しては、もしかしたら自分が知らないだけであるのかもしれないが、とりあえず現状、何もないと思う。そういうわけで、作る側としては、栄養が偏らないように気を配っていればいいのだが。それでも、できるなら喜ぶ顔が見たいと思うわけで。毎食毎食、さりげなく彼らの好物を1品ほど用意している。面と向かって好物だと言われたわけではない。けれど、伊達に毎日食事を共にしているわけじゃない。どんな味、どんな素材が好みなのか、リキッドにはしっかりインプットされている。
 シンタローさんの喜ぶ顔が見れるかも♪ 心躍る足取りのまま、リキッドがパプワハウスの前まで戻ると。家の前に、人影を見つけることができた。それが誰なのか、なんてこと、リキッドにとっては愚問にもほどがある、だろう。
「すみません。起こしちゃいましたか?」
 しばらく前のリキッドと同じように、東の空を眺めているシンタローにリキッドは声をかけた。彼を包むオーラは、とても不機嫌そうには見えなかったから。変な時間に起こしてしまったことで八つ当たりされることもなさそうで、かなり穏やかな気持ちで訊ねることができた。
 シンタローは、というと。小走りで駆け寄ってきたリキッドには一瞥もくれず、ただただ東の空を見つめている。聞こえなかったはずはないけれど……かといって、自分を無視しているわけではなさそうだ、とリキッドはシンタローの目の先に視線を向けた。東の空は、淡い色を湛えていた。
 と。朝メシ、とシンタローがぽつりと呟いた。
「やけに気合い入ってるな」
 唐突な言葉に、一瞬きょとん、としてしまったが。リキッドは頷いた。
「今日から遠出っすから。力つけないといけないですからね」
 いつにも増して気合入れて作らせていただきました!(まだ途中っスけど) と、拳を握って見せると。
「量も、朝メシだけにしちゃ多いよな。弁当にでもして持ってくのか?」
「ハイ。これから保存食中心になるかもしれないですから。だったら、用意できる今日くらいは、きちんとした昼食の方がいいかと思って」
 自分なりに、気を利かせたつもりであった。ささやかな心配りである、と。
 けれど、シンタローは。
「――ったく。余計なことを」
 と、大仰に溜息をついてみせたのだった。
 自分が勝手にやったことであって、しかも善意からやったことだ。好意的に受け止められることは考えていたが、まさかこのように扱われるなんて。リキッドは――少なからず、ショックを受けていた。
 すると。
「当番でいうと、今日の昼メシはオレがやるはずだっただろう? それなのに、オマエがやってどうするよ。弁当作るなら――起こせよ」
 地の底にまで堕ちかけていたリキッドのテンションは、ここに来て一気に天上にまで駆け上った。この人は、どうしてこう自分を昇天させてしまうようなセリフをサラリと口にすることができるのだろう。普段、ぞんざいに扱われている分、そのギャップは嬉しいという感情を通り越して、毒に近かった。
 何でもないような顔で言うからこそ、普段から、意識せずともそう思ってくれているということかもしれなくて。さりげなく、本当にリキッドが欲している時に、そんなコトバをくれるものだから。
 一気にそのまま、死んでしまうかも。致死量を軽く越える毒を孕んだ、甘い言葉。
 何でもないような人が聞けば何でもないような言葉でも。リキッドにとっては。シンタローが紡いだ言葉だということ、それが自分に向けられたものであること、まして自分を労わってくれた言葉であること――それらを加味すれば、今のセリフの、なんと身体に悪いことか。
 それでも。たとえ身体に悪いと認識しても。それは、幸せすぎて壊れてしまいそう、というオメデタイ理屈からくるものであって。幸福ゲージが軽く振り切れてしまったリキッドは、年に似合わぬ少年のようなあどけない笑顔を満面に浮かべた。
 そんな気持ちで見た空だからか。シンタローの向こうに見える東の空は、未だかつてないほどの美しさでリキッドを圧倒していた。先程見ていたはずの空と同じ空だろうかと見紛うくらい。
 ――シンタローさんと、一緒に見ていられる空だから、かな?
 なんてことを考えたりして。内心恥かしさに身悶えていたのだけれど。それもあながち間違ってはいないだろう、とリキッドは思う。
 ちょうどその時、朝陽が水平線の向こうから顔をだした。
 神々しい光が、世界に溢れていくようで。敬虔な想いが、胸に満ちていく。御来光を拝みに、何時間もかけて登山する人間の気持ちも分かった気がする。これを見られるなら、どんな苦労だって厭わない――そんな人間がいたって、おかしくない。
 と、同時に。それほどの苦労もせずに、この日の出を見ることができたことに感謝でいっぱいだった。しかも、隣にはシンタローがいる。これ以上の幸せが、あるだろうか。
 しばし言葉を忘れて太陽を見入っていたリキッドは。シンタローが踵を返すのに我に返った。パプワハウスに戻っていくシンタローは、欠伸をひとつかみ殺していた。
「いいもの見れた、と思えば得だったのだろうが。それでも慣れない時間に起きるのは辛いな」
 そんなシンタローに、苦笑して、
「これから毎日、ってわけでもないですから。今日くらい我慢しましょう。――コーヒーでも淹れましょうか?」
 リキッドが言うと。
「あぁ、頼む」
 またひとつ、欠伸をかみ殺して。
「カフェインの世話になるのも久しぶりだな」
 シンタローは、パプワハウスに姿を消していった。
 世界は、見る者の心次第で変わるのだ、とリキッドは自覚したばかりだった。シンタローが側にいてくれるとわかっている空だからこそ、穏やかな気持ちで見ることができたのだ。シンタローが隣で見る空だからこそ、あそこまで美しく見えたのだ。
 シンタローがいなければ。きっと、世界は空虚なものに感じてしまうだろう。色褪せて、ぽっかりと抜け落ちたような。幻のように、実体のないものに感じてしまうだろう。
 そんな世界をやがて経験するだろうという可能性を、今の今まで失念していた自分に、リキッドは愕然としていた。
 理解っていなかったわけではない、けれど、思い出そうとしなかった。あまりに、今の生活が幸せすぎて。
 シンタローは。今、同じ道を歩んでいるというだけで。リキッドとは、別世界の住人なのだ。この4年は違ったかもしれないが、赤の秘石を手に入れれば、それは文字通りの意味を持つこととなる。シンタローはガンマ団に戻り、自分は、赤の秘石の番人としてこの島で暮らしていく。2度と、交点を見出せないまま、それぞれの人生は終わるだろう。イヤだと足掻いてみせても、それは駄々っ子の理屈でしかないのだと、リキッドは理解していた。自分は、それを受け入れるしかないのだと、十二分に。
 ガンマ団総帥として、シンタローは。日々忙殺されるように生きてきたのだという。カフェインに助けられて山積する問題を片付けるというのは日常茶飯事だっただろう。
 それは、ゆったりとした時間の中で暮らすリキッドとは対極の世界。その、象徴。
 急激に、シンタロー喪失をリアルに感じて。リキッドは、足下が崩れ落ちていくような錯覚に陥った。
「――って、ショックを受けてても、仕方ないだろ」
 前々から理解っていたこと。忘れていた、自分が悪い。
 セルフツッコミすることでしか、自分を立ち直らせることができない。それでも、前に進むしかない。
 今こうしてショックを受けている間にも、時間は流れていく。別れのその時を、目指して。
 その時までに、自分にできることといったら。その時までを、シンタローと共に過ごすことのできる時間を、思う様、噛み締めることだけだ。穏やかな寝顔を盗み見たり、バカなことを言っておちょくられたり。そんな些細な日常を、シンタローと共に過ごす。シンタローの新たな一面を見つけては、小さな幸せに浸ってみたり。
「そういえば――オレ、シンタローさんのコーヒーの好み、知らないんだよな」
 ブラックで飲むのか? それとも砂糖、ミルク、共に入れるのか。
 訊いたら答えてくれるだろう。そうして、またシンタローのことを1つ、知ることができる。それがまた、幸せ。向こうの世界の、彼のことでも。彼のことを、知ることができるのなら。
 振り返り、今や完全に姿を現した朝陽に目を細める。海面に反射する光が、煌いていて。先刻見た星空にも劣らない、と思うことができた。
 そう。まだ、目に映る景色は美しい。側に、シンタローがいるから。
 だから、大丈夫。まだ。
 朝焼けは、美しく見えている。だから――。
 けれど――と、リキッドは自嘲する。きっと、シンタローがいなくなると分かっている朝でも。その先の昏い日々を思うよりも、その瞬間の、シンタローが側にいる喜びを噛み締めて。同じように、朝焼けを見ては感動するのだろう。なんて即物的、と思わずにいられない。そして。先程、自分はポジティブな方だと思いたい、なんて考えていたが。十分にネガティブじゃないか――思い、自然、口元は歪む。
 と。
「ッテぇっ!?」
 オタマが、リキッドの脳天にクリーンヒットした。
 口で言うほど、でもないが。軽い痛みが頭に残る。痛みを感じる部分を押さえながら、不覚にも涙目になりながら、オタマの飛んできた方向に目をやると。
「大声だすな、みっともない。パプワたちが起きちまうだろ」
 すっかり身支度を整えたシンタローが、真顔で突っ立っている。どんよりとした空気を纏うリキッドを見ても、からかうでもなく、励ますでもない。けれども、一番自然体に近い雰囲気で。それが、無性に心に沁みた。
 そして。
「時間が勿体無い。やること、さっさとやっちまおう」
 時間が、惜しい。そう思う、心は?
 一般論だ、と返されるならまだいい。早くガンマ団に戻りたいんだ、と言われればショックに口も利けなくなるかもしれない。
 怖い。けれども、勿体無いと言ってくれる、理由が知りたかった。
 パプワ島での、みんなと過ごす時間を大切にしたいから――なんて答えを、聞きたいから。欲張るなら、『パプワ島での、みんなと過ごす時間』ではなく。『リキッドと過ごす時間』、だったりするけれど。
 一縷の望みを託して、問うてみる?
 口を開きかけて、閉じる。訊いて、どうするのだというのだろう。いずれ、戻っていく人なのだから。だからこそ、一緒にいられる時間を大切にしようとしているのだ。こうやって、うじうじ悩んでいるヒマがあるのなら、もっと確実に、心に蓄えられる時間を作れるように努力した方が、いい。
「リキッド――。コーヒー、淹れてくれるんだろ?」
 ぽつりと、シンタローが零す、その声に。少し、焦りとか、自分への思慕とか、含まれていたような気がして――もしかしたら、自分の願望がそう感じさせただけかもしれないけれど、含まれていたと、そう、思いこませて。まやかしでもいい、心に蓄えられる思い出に変換させて。無理に、自分を前に向かせる。
「ハイ! ミルクとか砂糖、入れますか? 好み、教えてください――」
 限られた時間。1つでも多く、心に残せるものを――ください。
 そんな、想いをこめて。リキッドは、シンタローに笑顔を向けた。心の中では、泣き笑いだったけれど。



コーヒー付朝食、ということで;(苦肉の策)
眠気覚ましだったらブラックじゃねぇ? と今になって思ったり
気づくの遅すぎだよ、雪咲さん……