text : SUMMON NIGHT
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秋分の日を過ぎ、日を追う毎に山の端に吸い込まれていくスピードを増す太陽を、僕は毎日のように眺めていた。
「あの」事実を父さんから聞かされてから、僕は毎日毎日。
稽古から逃げ出したいわけじゃない。道場にいたくないわけじゃない。
ただ、父さんのあの目が耐えられなかったんだ。
彼の愛する人の血をその身に流しながら、日に日に彼とは別の男に似ていく僕を見る目が。
どこまでも深い愛情と、どこまでも大きい憎しみの入り混じったあの眼差し。
僕は、彼にとってなんなのか。
彼の視線を受けている僕には分からなかった。
僕は、愛されるべき存在なのか、憎まれるべき存在なのか。
濃い水色から燃えるような赤に、そして透き通るような蒼に、短時間の間にその姿を変えていく空は、あの日を境にした僕の心のようだった。
あの日までは、僕は全てを信じて疑わなかった。
竹刀を握り、僕と打ち合う父さんのあの笑顔。強くなったなと頭を撫でてくれた。
母さんがいなくて泣いている僕を見つけたら、何も言わずにそばにいてくれた。
いたずらをすれば、悪いことだと怒ってくれたし、困っている人を助けたら、よくやったと褒めてくれた。
大好きな父さん。
たとえ母さんがいなくても、父さんがいてくれるならそれでよかった。
けれど、僕が8歳になったあの日から、父さんは変わってしまった。
いや、傍から見ても変わったようには見えないかもしれない。
僕は相変わらず道場で父さんと稽古したりしていたし、父さんはまた強くなったと言って褒めてくれる。
外見は、何も変わっていないのかもしれない。
でも分かっていた。僕の目には見えていた。
その、明らかな変化が。
あの日、早めに門下生を帰らせた父さんは、僕を道場に呼び寄せた。
僕はへとへとに疲れていたけれど、何の不思議も抱かずに、道場で待ち構える父さんの真正面に座った。
今でもあの時の父さんの顔を覚えている。
いや、その双眸。
僕を睨むでもない、でも、そこには何かしらの負の感情が込められていた。
父さんは静かに語った。
僕が、彼の本当の息子ではないという事実を。
初め、僕は父さんが何を言っているのか理解できなかった。
いや、理解しようとしなかった。
ただ、どうして父さんはこんなにも苦しそうな顔をしているのだろう――そんなことを考えていた。
けれど、父さんの言葉は、ゆっくり脳に浸透してきて。
驚きに、僕は言葉を発することはできなかった。
僕は、確かに父さんが結婚した母さんの息子だ。
父さんが心底愛し、死の間際までその手を握っていた女性の。
彼女は、僕が物心ついた時にはすでに他界していた。
僕は病気だと聞いていた。
直接的な外傷で死んだわけではないのだから、それは病気としかいえないのだろうけれど。
その時聞かされた真実、それによれば、彼女は心の病気で死んでしまったのだという。
僕を産み落としたまま、あまりのショックに、心も身体も衰弱していき――。
僕が1歳になる頃には、見舞いにやって来る父さんのことさえ判別できなかったのだそうだ。
僕のことを、ただの一度も抱くことなく、母さんは、ひっそりと息を引き取っていったのだという。
ただでさえ忌まわしい記憶として封印していたあの記憶が、再び甦ったことも原因だったのだろうと、当時の専門家は語ったという。
父さんと結婚し、幸せに満ち溢れた生活を送り始めていた母さんが、今までに一度も会ったこともない男に、ただすれ違いざまに見初められたという理由だけで陵辱されたあの記憶。
悲鳴を聞きつけて駆けつけた父さんが、その男を半殺しにして警察に突き出したというけれど、母さんのショックは大きかった。
事件を忘れるようにと、父さんと母さんは必死で愛し合ったけれど、それはもう、手遅れだった。
僕は生まれた。
母さんと、母さんを陵辱した男の血を引いて。
僕が生まれる前から、父さんだけはその事実を知っていたのだという。
けれど、それを知ったら母さんがどれだけ傷つくかも父さんは知っていた。
だから、母さんにそれが告げられることはなかったのに。
母さんは出産で体力と気力を消耗しきったその身体で、生まれたばかりの僕の中に、父さんではない他の男の面影を見出したのだろうか。
出産に立ち会った父さんに、医師に、看護士に、くってかかって事実を聞き出そうとしたのだそうだ。
本当にこれはこの人の子なのかと。
狂ったように涙を流しながら腕をつかんでくる母さんに、父さんは、隠し通すことは不可能だったのだという。
母さんが死んでしまった責は自分にもあると、父さんは言葉を締めくくった。
母さんに嘘をつくことだけはしまいと結婚した時に心に決めていた、だから確かに事実を隠していることは辛かった。
けれど、母さんがそれを知ってしまったらどうなるか、それを考えれば自分の辛さなど気にしていられるものではない。
だから、母さんを守るためならと、父さんは自分の心を殺していった。
けれど、もしかしたら、妊娠し、入院していた母さんのもとを訪れていた自分が、母さんが疑ってしまうような素振りを見せていたのかもしれない。
母さんのことだけを思い、全てを隠し通せていたならと、今でも悔やまれる、と。
しばらく声の出なかった僕だけれど、それからの記憶はほとんど残っていないけれど、これだけは憶えていた。
僕はあの時、父さんに訊いた。
どうして、僕をここまで育てたのか。
自分の子ではないのに。
母さんは、もういないのに。
父さんは僕の問いに、僕を真っ直ぐに見ながら、けれど、確実に僕を見ていない目で、静かにこう言った。
お前は、母さんが生きていた、数少ない証の一つだから、と。
きっと、あの時父さんは、僕の中に母さんを見出したかったのだと思う。
でも、それを見つけることはできず、憎い男の面影しか現れなかった。
だから、一瞬苦しそうな顔をしたのだと思う。
それからの記憶は僕にはなかった。
いつのまにか夕暮れ時の河原にいて、沈んでいく太陽を眺めていた。
夕陽に照らされて赤く染まる眼前の川が、血の流れる血管のように思えた。
僕の中にも、こんなふうに赤い血が流れていて、半分は確かに母さんから受け継いだ血だけれども、その半分は僕の大好きな人たちが憎んでいた男の血で。
――どうしようもないことは分かっていたんだ。
その時の僕には、自分で死のうと思えるほど大人ではなかったし、その方法も思いつかなかった。
ただただ悲しくて、僕は夕陽を眺めていたんだ。
頬を涙が濡らしていたということは、全く気にならなかった。
分かっていた。
父さんが、僕が彼の本当の息子でなくとも、今まで愛情を注ぎ育ててきてくれたということを。
だからこそ、僕の中に、自分以外の男の面影が現れていくことに苦悩していたということを。
包み隠さず話してくれた父さんに、あんな質問をする必要なんてなかったということを。
その日から僕は、努めて普段どおりに振舞ったけれど、やっぱりあの話をされた時みたいに道場で父さんと二人きりになることは怖かった。
だから、門下生が帰っていくのに紛れて、あの時の河原に足を運んでいた。
気持ちが落ち着くまでそこにいて、完全に暗くなる前に家に帰る。
そんな毎日の繰り返しだった。
父さんも、僕の気持ちを理解してか、それを深く止めようとはしなかった。
確かに僕は分かっていた。
父さんに愛されているということを。
けれど、同時に感じてしまう。
憎まれているのではないかと。
一体、僕はどちらなのだろう。
自分が、分からない。
日が経つにつれて、涙を流して夕陽を見るということはなくなっていった。
けれど。
君は気づいていたんだな。
僕が、心の中ではまだ泣いていたということに。
「籐矢、くん……。どうしてこんなところで泣いてるの?」
あの日、こう訊く彼は、確かに大粒の涙で頬を濡らしていた。
たった今まで泣いていたけれど、僕を見つけて、僕の様子に驚いて涙を止めたような。そんな感じだった。
あの時、僕は彼の顔を知っているという程度で、はっきりとした面識はなかった。
けれど、彼は僕の名を呼んだんだ。
僕は呆れた。
僕は泣いていなかったし、そう訊ねる本人の方が明らかに泣いていたというのに。
一体何を言っているんだ、と。
僕の訝しむ表情に気付いたのだろう、彼は慌てて涙を拭った。
そして、にこりと笑うのだった。
「おれのこと、分かる?
C組の新堂勇人。
ほら、運動会の時に、100m走で一緒に走った……」
それは憶えていた。
けれど、そういう名前だったかと運動会の時の点呼の場面を思い出してみたけれど、その時の僕は彼の名前を思い出すことはなかった。
運動会前後の僕に、そんな余裕などなかったのだろう。
だから、初めて彼の名が新堂ハヤトであることを知ったわけだ。
彼のことをハヤトだと認識した僕は、とりあえずその意を込めて頷いた。
よかった、と言いたげに彼は微笑んだが、すぐにその表情を凍らせた。
少し遠慮するように僕の隣に座り、そして覗き込むようにして言った。
「ねぇ、どうして泣いていたの?」
「僕は泣いてなんかいないよ。
それより君の方が泣いている」
物凄い勢いで彼は顔を振って――拭い忘れた涙の粒が、僕の顔に飛び散ってくるくらい――、口をへの字に曲げた。
「おれのことはどうでもいいよ。
籐矢くんは泣いてた。
すっごく悲しそうな顔をしてたよ」
正直な話、当時僕は、彼のことを鬱陶しいとしか思っていなかった。
考えにふける僕の邪魔をして欲しくなかった。
僕の問題は、僕が解決する。
そもそも、もはや問題として捉えるものではないのだと分かっていたから。
僕が勝手にうじうじ悩んでいるというだけで、時だけが解決してくれるのだと。
相手をしなければ構うのも飽きてさっさと帰るだろうと思っていたから、僕は適当に返事を返していた。
けれど、彼は立ち去るどころか、どんどん僕の心に立ち入ってきた。
「何か辛いことがあったの?」
「おれでよかったら、話きくよ?」
「心の中でためこまないで、吐き出しちゃった方が楽な時あるよ」
無責任なことばかりを言う彼に、いい加減僕は我慢できなくなって、その日は家に帰った。
けれど次の日、僕がその場所に行くと、彼は既にそこにいたんだ。
僕がそこに来ることが分かっていたように。
僕の姿を認めた彼は、僅かに笑って、一緒にいてもいいかとだけ訊いてきた。
言外に、昨日のようにはしないからという意思を汲み取った僕は、ただ頷いた。
初めの一言以外、この日、彼は何も言わなかった。
昨日、あれほどぺらぺらと舌が回っていただけに、これほど沈黙が続いては逆にこちらが苦しくなる。
気になって、僕はちらりと横目に彼を見た。
膝を抱え込んで座る彼はただ、食い入るように目の前の景色を眺めていた。
そして時折、痛ましげに眉間にしわを寄せる。
数度の瞬きの後には、目の白い部分と黒い部分の輪郭がはっきりしなくなっていた。
目には、涙がたまっていた。そして一回、その名の通りほんの一瞬、彼は瞬いた。
大粒の涙が、膝で組まれた腕の布地の部分に吸い込まれて消えた。
「なんで君が泣くんだよ」
言うつもりはなかったのに、言葉は勝手に、するりと口から出ていた。
彼は顔を上げ、やっと気付いたかのように頬に手をやった。
「あ…れ…。おれ、泣いて…た?
おかしいな……なんでだろ」
さっきは一粒だけだったけれど、彼がそういうと、さらにとめどなく涙は彼の目から溢れてきていた。
混乱する彼は笑っていたけれど、それが彼の無言の言い訳のような気がしていた。
――泣いてごめんなさい。
本当に泣きたいのはおれなんかじゃないのに。
一瞬、その涙は僕に対する憐れみかと思った。
彼は僕がどうしてこんなところに来るのか誰かに聞いて知っていて、僕が悲しんでいると思い込んで泣いているのかと。
悲しくなかったわけじゃないけれど、僕が彼にそんなことをされる筋合いはなかった。
いや、彼だけじゃない、どんな他人にも、そんなことをされれば腹が立つ。
現に、僕は例のことを誰にも話していない。
クラスで一番仲のいいやつにだって。
もちろん、そこまでそいつに心許してるというわけじゃないから。
けれど、彼のその涙は、僕に対するものじゃないことはすぐに分かった。
笑いながら、涙を拭うまでの彼は、一度たりとも僕の方を向かなかったから。
僕に対して何らかの憐れみを持ち、その憐れみを持つことで僕に対して優越感を持ちたいと思っていたのなら、絶対に僕に目を向けていただろうから。
この時僕は分かったんだ。
彼がこの河原に来ているのは、僕に会いたかったからじゃない。
彼も、悲しかったからなんだって。
もちろん、彼の悲しみと僕の悲しみが同じだとは少しも思っていない。
けれど、同じように悲しみを持つ人がそばにいてくれるのは、どこか心が安らいだ。
無意識のうちに僕は手を伸ばし、彼の肩を抱いていた。
泣きたければ泣いてもいいと、そんな気持ちを込めて。
確かに僕は、この河原に来はじめていた頃は涙を流していたけれど。
でも、時が、夕陽が、日ごとに冷たくなっていく風が、いつの間にか涙を乾かしていってくれた。
癒えるとまではいかないけれど、心に荒波がたつということは少なくなっていった。
僕がそうしてきたように、彼もこの景色に少しでも救われたらと、彼の肩を抱く僕は、いつしかそう思うようになっていた。
彼は、驚いたようにびくんと肩を震わせた。
けれど、すぐに僕に身体を預けて、声を殺して泣いた。
彼は相変わらず何も言わなかったし、僕も何も言わなかった。
そうする必要がなかったから。
やがてその涙も枯れて、彼は申し訳なさそうな顔を僕に向けてきた。
僕は、少しだけ顔を緩めた。
それを彼がどう受け取ったかは分からないけれど、彼はもう行かなきゃとだけ呟いて立ち上がった。
その間、彼の表情が変わることはなかった。
悲しみに沈んだ顔からは。
僕が頷くのを見ると、彼もまた頷いた。
それが約束だったのかもしれない。
明日もまた来るよ、という。
彼の母親がつい先日亡くなったと聞いたのは、次の日の学校でだった。
朝のSHRが早く終わった僕は、1時限目の体育のために更衣室へ行こうとしていた。
その時、僕はC組の前を通りかかった。
そしてC組担任の痛ましい声を聞いた。
今日も勇人くんはお休みです、明日には学校にやってくるので、みんなで励ましてあげましょう、お母さんのいなくなったハヤトくんをあたたかく迎えてあげましょう、と。
今日が葬儀だったのだ。
学校が終わって、僕はそのまま河原に向かった。
すると、彼はすでにそこにいた。
黒いブレザーを着て、昨日よりもさらに悲しげな表情で対岸を見つめていた。
「新堂…くん……」
声をかけると、驚いたように顔を上げ、そして人差し指を口元に当てた。
静かにしてくれという合図だった。
見ると、彼に寄りかかって、3歳くらいの女の子が寝息を立てていた。
ごめん、と小声で謝ると、構わないといったふうに彼は首を横に振った。
「勇人で、いいよ」
笑う彼だけど、明らかに疲労がたまっている。
僕は一瞬迷ったのだけど、彼の隣に腰を下ろした。
僕、彼、そしてその女の子といった順番だった。
「そっか。もう学校も終わる時間なんだ。
籐矢くんが来る時間までには一回帰って、着替えてくるつもりだったんだけどな」
それはまるで、泣いていた自分を、悲しみに満ちた自分を、僕には見せまいとしていたようで。
僕は胸が痛んだ。
「その、子は……?」
彼に寄りかかっているその子には、頬に泣いていた形跡が残っていた。
泣き疲れて、とその表現がまさにぴったりとくるようだった。
「おれの、妹。
お母さんが死んで、焼かれて、小さな箱に納められるまで――いや、納められてからも、ついさっきまで泣いてたんだ。
まだ親戚が家にいるんだけど、こいつが泣いてたら他の人にも悲しみが伝染しちゃうかと思って、おれが連れ出したんだよ。
やっとさっき、眠ったんだ」
彼はきっと、僕の表情から、僕が何を言おうとしていたのか分かっていたのだと思う。
けれど、それは必要ないと言うように、言葉を切った彼は乱れた妹の髪を梳き、そして視線をまた川に戻した。
時の経ち方が違う。
僕は母さんを8年前に失った。
いや、生まれた時からいないも同然だった。
確かにいないということに寂しくなり泣いたこともあったけれど、ほとんど受け入れていたものだった。
だから、彼の悲しみを僕は全く理解できない。
しっかり理解できる年になっての喪失感というものを、僕は味わったことはない。
どうすればいいか、分からなかった。
「僕がいても邪魔なだけだよな。悪かった。僕は帰るよ」
分からなかったから、悲しい時僕がそうして欲しいように、僕はその場を立ち去ろうとした。
そうしたら、
「そんなことないよ!」
言って、彼は立ち上がった僕の服の裾を掴んだ。
大きな声だったから、眠っている彼の妹が寝起き特有の声を上げたけれど、なんとかそのまま眠り続けた。
ほぅ、と息をついた彼は、じっと僕の方を見上げてきた。
「籐矢くんが帰りたいのなら帰って。
でも、おれは邪魔なんかと思ってない。
むしろ、一緒にいて…欲しい……」
最後は口篭るように、けれど、その言葉はちゃんと僕に届いていた。
泣きそうな目も、照れくさそうな顔も、不思議と不快なものではなかった。
「でも、僕はここにいても、君に何もしてやれない。何も言ってやれない。
それなら……」
「いいんだ。
一緒にいて、そして…できたら、昨日みたいに肩を貸して欲しい。
おれ、君の前でしか、泣けないから……」
どうして僕に対してそんなことを言うのだろうと、僕は驚いていた。
知り合ってから、ほとんどまだ3日しか経ってなくて、お互いのことを何も話していないというのに、どうしてそんなことを言えるのだろう。
そんな、信頼したような言葉を。
「昨日、分かったんだ。
おれは、君の前では自分を飾っていたくない。
君に、嘘をついていたくないって。
だから昨日、いつの間にか泣いていたわけだし、君の肩で思いっきり泣くことができた。
籐矢くんには迷惑だってこと、分かってる。
けど、おれは……」
この悲しみで壊れてしまいそうだ、と搾り出すような声で彼は言った。
それは痛いほどの悲鳴だと、僕の心は受け止めていた。
どうしてだろう。
他の人間がこんなことを言ったのなら、僕はなんて身勝手なヤツだろうと思っただろう。
けれど、彼が言う分には、全くそんな思いなんて感じなかった。
むしろ、嬉しかった。僕の前でだけは、自分を飾っていたくない、嘘をついていたくないという言葉が。
それはもしかしたら、父さんが今までずっと、僕の前では自分を飾って、嘘を貫いてきたからなんだろうな、と思う。
本来なら一番身近にいる人からそのような仕打ちを受けたことで、僕は人を心から信じるということができなくなっていたのだ。
けれど、僕が人を心から信じることができないでいたのは、今も昔も変わらないことだ。
ならば、自分は薄々勘付いていたのだろうか。
父親が、本当の姿を見せてくれていないということに。
そして、周りの大人全てが、取り繕った笑顔で接していたということに。
だから、こんなに素直な彼の気持ちが、あれほど嬉しかったのだろうか。
あの河原はあれから約一年後、台風の被害に遭い、その姿を変えてしまった。
今ではその河川敷工事のために、コンクリートに固められ、草木の香る風が吹くことはなくなった。
僕は重機が河原の土を抉っていく様を、高台の公園から眺めていた。
その頃には、幾分自分の運命を受け入れることもできるようになっていた。
そして彼も――。
僕達に、もうあんな場所は必要ないのかもしれない。
あんなふうに、会う必要はもう、ない。
いつの間にか時間は経ち、重機も夕陽の中でただ佇むだけになっていた。
長く伸びる影は恐竜のようで、けれど僕はそれになんの興味も抱けなかった。
いつまでも悲しみに支配されているほど僕も彼も弱くない。
でも、彼と共有する時間がなくなってしまうのは、とてつもなく恐ろしかった。
僕が今まで自分を保てていたのは、あの景色が僕の心を包み込んでいてくれたからじゃない。
彼の肩を抱くことで、僕の心は彼に抱かれていたのだから。
学校では、顔を見かければ声を掛け合ったりしたけれど、それだけの関係でしかなかった。
お互い、それぞれの生活に忙しかった。
4年生に上がった時のクラス替えでも、彼と同じクラスになることはなかった。
それでも僕があの河原に行ったときには必ず彼がいてくれたし、予感めいたものがして行ってみれば、すぐに彼はやって来た。
どこか繋がっているように、お互いのことを分かり合っていた。
それももうなくなるのかと思うと、やはり寂しいかった。
彼に会うことで、僕はここまでたどり着くことができた。
彼の素直な気持ちに、彼のどこか悲しみの残った笑顔に、僕は何度救われただろう。
乾いた地面に、ひとつふたつ、大粒の涙が落ちていく。
僕はそれを拭うことなく、ただ夕陽を見ていた。
「どうしてこんなところで泣いているの?籐矢」
振り返ると、そこには勇人がいた。
彼も、目に涙をためていた。
「勇人こそ。どうして泣いてるんだよ」
笑った彼の目から、それまでは表面張力によって緊張を保っていた涙が一気に溢れてきた。
悲しかったけれど嬉しくて、と彼は言った。
「あの場所がなくなったのは悲しいけれど、またこうしてトウヤと逢えたことが嬉しい。
場所は、また作れるんだって」
僕は笑った。嬉しくて。
そして素直に心を言葉にできる彼に、少しだけ嫉妬して。
だから、僕が笑うことで、この気持ちが彼に伝わればいいと思った。
そして。
いつでもいるよ、君のそばに。
いつでも行くよ、君のところへ。
たとえどんなに時が経ったとしても、僕は君のことを想っているよ。
その時僕はそう思ったんだ。それは今でも変わらない――
こいつらホントに8(9)歳ですかッ!!??
……というツッコミはナシね。
とりあえず書いてみたトウハヤ。
オリジナル設定だけでこんなに容量くっちゃっていいの?って感じですが。
まぁいいや。
妄想してナンボだもんね←開き直り
ちなみにこの設定でしばらく書きます。
だって、ツボなんだもん(笑)