text : STAR OCEAN Till the End of Time

[ 星落つる窓辺で ]


異世界から来た。

そう言われても、なかなか納得できるものではない。

『異なる世界、そう言えばそうなのかもね』

道すがら、その男は語った。

『でもね、一応繋がってはいるんだよ。
 だから、同じ世界の住人であることは変わりないよ。
 ほら、夜空を見上げれば星が見えるだろ?
 夜空の星の、どれか1つの星の近くに、僕の生まれた世界はあるんだ』

それこそ呆けているとしか思えなかった。

『ずっとずーっと遠くにあるから、強い熱と光を発している物体じゃなければここからは見えないんだよ。
 僕みたいな人間が住もうと思ったら、そんなところじゃダメだろう?
 だから、僕が住んでた星は、ここからは見えない。
 けれど、あの空の向こうには絶対に存在しているんだよ』

優しく子供に諭すように、その男は語りかけてくる。
それがまた、癪に障る。

自分の知るモノではないことは分かっていた。
アーリグリフの街に墜落した物体を見ても明らかだった。
それに搭乗していた者、それよりも大きなモノを知る者。
関わらなければ、それだけで済んだだろう。
けれど、ここまで深く関わってしまえば、これほど強い想いを抱いてしまえば、そんな彼をアルベルは許すことができなかった。

自分の知らないアイツが、こんなにも腹立たしい。










夜になって、宿の窓から空を見上げてみる。
静まり返った街の上で、数多の星が煌いている。
星が流れることはそう珍しいことではなく、しばらく見ていれば1つや2つ確認できる。

「キレイ、だよな」

背後から声が聞こえる。
もちろん、その人物が起き上がっていたことにはとうの昔に気付いていた。
アルベルは視線を動かさず、なおも空を見上げていた。

蒼い髪が、視界の端で揺れた。

「なんだか改めて見る気がするよ。いままで、こんなにゆっくりと空を見上げることなんて無かったから」

「フン……。別に珍しいものでもないだろう。やってこない夜はない。雲がそれを邪魔していたとしても、星が夜を支配する時は必ずやってくるものだ」

数拍の時をおいて、横から忍び笑いが漏れてくる。
その気配に、アルベルはやっと視線をそちらに向けた。

「何が可笑しい」

アルベルの前で、フェイトは必死に笑いを堪えているようだった。

「だって、アルベルがそんなっ……はずかし……ことっ」

声を漏らさないようにしているのは、同室のクリフに気を遣ってだろうか。
クリフは昼間の戦闘で弾けすぎたのか、死んだように眠っている。

フェイトのクリフへの気遣いへか、それとも哂われたことへか、アルベルはチッと舌打ちをした。

「当たり前のことを言ったまでだ。いつまでも笑っていると、斬るぞ」

カタナに手をかけるも、フェイトはさらにツボにはまったのか、先程よりも激しく笑うようになっていた。
しばらくその様子を、眉を顰めながら見ていたアルベルだが、自分の方がバカらしくなってベッドへと向かった。

「あっ……。ゴメン、アルベル。そんな怒らなくたって」

「怒ってねぇよ、阿呆。常識の通じねぇお前に呆れただけだ」

「……………………………………………………」

「なんだよ」

「そ……か。そうだよな、ここではそれが常識なんだもんな」

眠るためにガントレットを外しかけた手を、アルベルは止めた。
フェイトの声が、とても寂しいものに聞こえた。

「どうした。お前は一応常識人で通ってるんだろ。そこの筋肉バカに比べれば」

「それはね。けれど、常識なんて価値観は、時と場所によって大きく変わるものなんだよ。もしかしたら、人殺しを是と、良識ある行動だとみなす常識もあるかもしれないんだ。僕が常識だと思っていることが、ここでは突拍子もないことだったりするわけだよ」

「それと今と、どこが関係あるんだよ」

「アルベルは言った。やってこない夜はない、星が夜を支配する時は必ずやってくるって。けれど、そうでもない世界もあるんだよ」

「……それがお前の世界か」

「まぁ、ね。もちろん、僕のいた世界のすべてがそうだとは言ってないよ。けれど、大都市の、眠らない街の夜空は、月さえもその存在を忘れられているかのようで。星なんて、全然見えない。僕の住んでたところは、それなりに自然の残っているところだから、まったく星が見えないなんてことはないんだけど。それでもここから見える星の数には到底勝てないよ」

星を眺めるために何時間も旅したりしないだろう?と言うフェイトに、アルベルは頷いた。

「ある程度の常識は被ってるけど、それでも違う部分もある。『あぁ、そうだったんだなぁ』って思い知らされる部分があるよ」

「それは、お前のいた世界よりも、ここが劣っているという意味か?」

「……そういう意味じゃ…ない…けど……」

「お前が意図しようとしまいと、そう聞こえたことに変わりねぇんだよ。ったく、胸クソ悪ぃ」

遠まわしに、自分が彼よりも劣っているように言われた気がした。
こうやって腹を立てるのは子供じみたことだと分かっている。
けれど、

(コイツに負けてることなんか、1つもありゃ十分だ)

負けていると認めることはとてつもない屈辱であり、そう認めざるを得ない自分に心底腹が立つが、それも自分が弱いせいだ。

勢いよくベッドに仰向けに転がこんだ。
使用されて久しい年月が経っているのか、ギシと身体に音が響く。
頭の後ろで手を組んで、天井の木目を最後に目を閉じた。

星明りを遮っていた影が動いても、アルベルは微動だにしなかった。
そうする価値が、なかったから。

影は、自分の隣までやって来ていた。
自分を見下ろす形で、今、そこにいる。

「……なんだ」

瞑った目を開けることなく、アルベルは言った。
瞑っているからこそ、フェイトの表情を読み取ることはできない。
開けていたところで、逆光で見ることができなかっただろうが。

「……なんでもない…よ」

「……フン。だったら早く寝やがれ。明日に支障をきたしてみろ、即刻斬り捨ててやる」

明日、ベクレルからバール山脈へと向かう。
その先に居るのは、伯爵級。
緊張して眠れないほど若くもないが、何も考えられずに眠れるほど単純ではない。
そこにいるはずの、筋肉バカに比べれば。

笑う気配。密やかな声で一言、「肝に銘じておくよ」。

フェイトは素直にベッドに潜り込む。
フェイトに掛けられた衾褥が規則正しく上下に動くのを、アルベルは視界の端でとらえていた。

こんなにもすぐに眠りへと堕ちていけるほど疲れているというのなら、初めから自分に付き合うような真似をしなければよかったのに。
もう一度、アルベルは起き上がり、窓辺に歩み寄る。
起こさないように、静かに。
星明りの下、窓枠に肘をついて、寝息を立てるフェイトの顔を見つめる。

今、この心にあるのは、思い通りにならないという苛立ち。

謝ると思っていた。
非があるということを、フェイトは認めていたようだから。
あのような態度を見せれば、申し訳なさそうな顔をして、一言ゴメンと。
そんな流れを予想していたのに、フェイトはそれを裏切った。

思い通りにならない、心を読めない、自分の知らないアイツが許せない。

「……クソが」

声にならない声で、ほとんど息だけの声で、アルベルは呟いた。
安らかな寝顔がまたアルベルの心に荒波を立てる。
その顔もまた、アルベルの知らない顔だった。

こんなにも、フェイトのことを知りたいと思うのは。
ただ彼よりも強くありたいと思うだけではない、もっと別の、フェイト以外に向けられることのない感情ゆえだと、この時アルベルは、まったく自覚していなかった。



時期を特定するつもりはなかったんですが、とりあえずクロセル撃破前のカルサアという設定で。
……あれ?アリアスのつもりで書いたんだったかな。ま・どっちでもいいや。
あとはご自由にご想像下さい。

ヤマなし、オチなしなのはいつものこ・とv(苦笑)