text : STAR OCEAN Till the End of Time

[ communicator ]


放っておけば、彼らの朝は遅い。
骨休みと銘打たれたその日、ペターニの高級ホテル『ドーアの扉』のある一室、2つのベッドにはそれぞれ蒼い髪とブラウンを起点としたグラデーションがかった髪。
蒼い方は、しばらく前から何度か寝返りを打ち始めていた。
もう一方は未だ規則正しい寝息を立てている。

表の通りは、すでに人の活気で満ちていた。
やわらかな陽射しがレースのカーテンを通して部屋に注ぎ込む。
世界の危機を一瞬でも忘れさせる、平和な光景だ。

そんな一時を壊したのは、蒼い髪の青年の、耳を劈[つんざ]く叫び声であった。





さすがは高級ホテル。
防音効果は絶大で、とりあえず近隣への影響はほとんどなかったのだが。

同室で眠る彼には、被害甚大であった。

「……っせぇな……。朝っぱらから一体なんだ」

アルベルは重たい頭を持ち上げた。
酷く力が要る。
低血圧の彼は、常日頃から朝はこのような状況である。
寝ている時でさえ殺気には敏感なのだが、このような平和的目覚めに対してはいつも苦戦を強いられている。

フィルターのかかった視界の中で、蒼い髪が揺れている。
いや、震えていると言った方がいいのか。
こちらには背を向け、ベッドを見下ろすようにしている。

「どうした、フェイト。何があった」

アルベルが声をかけても、フェイトはこちらを振り返ろうとしない。
シカトされた時点で、これが眠気から醒めた状態であれば問答無用で悪態をついてやるのだが、今はまだそこまで気が回らない。
身を起こして、とりあえず身体を伸ばしにかかる。

フェイトの溜息が聞こえて、アルベルは彼の方を見た。
フェイトもまたアルベルを見ていて、けれどもその表情は、アイテムクリエーションに失敗した時のようなものだった。

「だからなんだって言うんだ。さっさと言え、阿呆」

がしがしと頭をかきながら、アルベルは1つ欠伸をかみ殺した。
すると。

「7Zf{l、t……」

「……は?」

フェイトの口から発せられたのは、意味不明の音声だけ。

「3~m$、uyw@byuS`d`7Zqtu~……」

またもや、不明。
アルベルはあまりの異常さに、折角ほぐれかけた身体がまた固まってしまった。

「BN8*=Q=b0da'Zwx、-@hkeZw.bs、z4d@wues6m4yq@……ZweZwm0tl'dueyq@9u」

「なっ、ななななな、何言ってんだ」

「ma\y、アルベルkeZw.bsm0toueyq@9。0.eu」

辛うじて自分の名を呼んだのは分かったが、それ以外はまったくさっぱりだった。
フェイトの方はその原因が分かっているのか、妙に落ち着いている。
そんな彼につっかかる余裕など、今のアルベルには持ち合わせていなかった。

「……ついに壊れやがったのか?
 例の……遺伝子操作とかいうのが原因か?」

「xw、b;tos@4d94tu……。"3HSL=ieZwd(4lw@mr.t」

言葉がわからないから、もちろん会話など成立するはずもない。
その原因がわからないまでも、そのことは納得できる。
しかし、アルベルの気に障るのは。

「てっめぇ……俺がこんなに心配してやってるっていうのに、その平静さはなんだァ!!?」

普段と変わらない様子を見せるフェイトである。
こちらがフェイトの言っていることがわからないというのであれば、向こうもわからないはずで。
それでもなんでもなかったかのように彼は寝具の整理に取り掛かっていたのだ。

それゆえ、アルベルはついカタナを薙いで空破斬を発動させてしまった。
気配を察して、フェイトはそれを間一髪で避ける。
やっと、と言うべきか、振り返ったその表情は穏やかなものではなかった。

「Zuir.yqp@9!?ehobsf@t@z4d@uetoZw、cyubsr.bsueq@\!?」

厳しい声でフェイトは何かを言ってくるが、やはり何を言っているのかさっぱりわからない。
何を言っているかわからない分、イライラはさらに募る。

ギリ、と歯を噛み、アルベルはもう一度、鞘に収められたカタナに手をかけ・・・・

「てめぇら、何やってんだァ!?」

一歩足を踏み出そうとしたアルベルを止めたのは、ドアを蹴破って侵入してきたクリフの怒声だった。

「いくらネルがもみ消してくれるからってなぁ、やっていいことと悪いことがあんだろうが!
 ったく……二日酔いなんだ、静かにしててくれよ」

今まで寝ていたのだろう、クリフは四方八方に跳ね上がった頭を気分悪そうに押さえている。
二日酔いだと言いながら、自分でそのような大きな声を出していては意味がないだろう、とアルベルは思ったが、とりあえず口にはしないでおく。

「0.e、クリフ。a)ZsBN8I*=Q=b0da'Zwx。アルベルste0t@tn3Zwueyq@9。c;w@アルベルt@6bZa'Zqnqew@x」

「はぁ?壊した?何ドジやってんだよ」

「d@2@yw@mc46m49」

筋肉バカとフェイトの会話が成り立っているので、アルベルは茫然とし、そしてショックを受ける。
おかしくなったのは、フェイトでなく自分の方なのか?
もしかしたら先程の会話も、自分が理解できていなかっただけで、フェイトはこちらの言っていることを理解していたのだろうか――そんな不安がアルベルを襲う。

「だったらさっさと修理してこいよ。それくらいできんだろ?」

「c4uyq@:s@x。クリフ、wyq@Zwh;.?」

「二日酔いだって言ってるだろ。マリアに頼んだらどうだ」

「d@)ped@yfD9zV{YH`Zwgk4eZwqq@\?」

なんでもないように、クリフはフェイトと会話をこなしていく。
そんな2人の様子を見て、アルベルは手に力を込める。
自分にはわからない、けれどアイツらは・・・・

「おい、阿呆。お前はフェイトの言ってることがわかってんのか?」

むしゃくしゃする気持ちを抑えてアルベルは言った。
クリフはクリフで、もう『阿呆』と言われることに慣れているのか、そのことは気にせず頷く。

「俺もコミュニケーター持ってるしな。何よりフェイトが喋ってる言葉は銀河連邦の公用語、地球語だ」

「fy;y-[4cdgkiy:@yw@m、ag(4b@t@0t.yq@?」

フェイトはクリフの言葉から話の筋を理解したのだろうか、クリフにどこか含みのある顔で話しかけた。

「それはおめぇ、教養として、だ」

「g)494?クリフt@?」

「何だよ。そんなに意外か?
 でもまぁ、教養ってのは半分冗談だな。何かと連邦と接することも多いってことだ」

「c;idqZw、BN8I*=Q=x53;f@ql.bsd@'uet」

「まぁ、その辺は気にすんなって。
 ……あ゛〜、喋ったら余計気持ち悪くなってきた。
 フェイト、俺の貸してやるからアルベルに手伝ってもらえ。
 要は話の通じる助手が欲しいだけだろ」

俺は寝てるだけだから必要ない、そう言ってクリフはどこからか手のひらサイズの機械を取り出して、フェイトに投げてよこした。

「($FYJW`Q`+ME+>UzWEzS*。C+JW`IU&RYQ`C`」

今度はクリフが理解不能な言葉を発した。
クリフは何でもなかったようにひらひらと手を振って部屋へと戻って行ったが、アルベルはもう何が何だかさっぱりわからない。
さらに追い討ちをかけるように、茫然としているアルベルの横から、フェイトの声で「ありがとう」というアルベルにも理解できる一言が聞こえてくる。

説明を求めるようにフェイトを見ると、彼は少し困ったような笑顔を見せた。

「とりあえずファクトリーに行こう。説明は道すがらするからさ」





ロビーにまでは先程の騒ぎは伝わっていなかったようで(しかし、破壊されかけた壁とドアはいずれ知られることとなろうが)、アルベルはフェイトの後について工房へと向かった。

「寝ぼけて叩き壊しちゃったみたいでさ」

工房に着くなり、フェイトは大破した機械を机の上に置いた。
おそらく、コミュニケーター。
壊れてさえいなければ、先程クリフが見せたものそのもの、とまではいかないものの、性能としては同じものだったのだろう。
しかしそれは、見事なまでに破壊されていて、本当に同じものだったのかと思いたくなるほど原形を留めてはいなかった。

「……寝ぼけてって、お前。一体どんな寝相してるんだよ」

確かに近頃は戦う相手が強い。
それに比例して、自分たちも強くなってきているだろうが。
寝ぼけて、この丈夫そうな機械を叩き壊すとは。
今まで同室でよく無事だったものだと、アルベルはガラにもなく青くなる。
もちろん、心の中でのみ、だが。

「悪い夢を見てたんだよ。まぁ、そんなことはどうでもいいさ。
 ……これは……やっぱり一から作り直さなきゃ無理かなぁ」

正直言って、アルベルにできることなど皆無に等しかった。
できることといえば、フェイトが言うものを取ってくるくらい。
これならほかのクリエイターに手伝ってもらった方がいいだろうと思ったが、あいにく、手の開いている者が居なかったのだ。

退屈な作業。それでもアルベルは文句の1つも言わずにフェイトを手伝っていた。
数時間が経ち、フェイトの手の中のものがやっと機械と呼べるほどまで形作られた頃、フェイトは顔を上げた。

「なぁ、アルベル。どうかしたか?なんか、いつもと違うけど」

フェイトもアルベルのその様子が気になっていたらしい。
なんだか気味が悪い、と表情が語っていた。
その声にアルベルは、ギロリと擬音が聞こえそうなほど鋭い視線を向けた。

「気のせいだ。それより、早く完成させろ」

作業をしていない時はフェイトの気を逸らさないよう離れて座り、一時の眠りに落ちる。
しかし、フェイトが呼びかけるとそれに応じ、てきぱきと与えられた作業(もちろん、とても幼稚なものだが)をこなしていく。
フェイトがそこまで素直な理由を尋ねれば、また「気のせいだ」の一言で済ませる。
それが何度も繰り返されるうちに、コミュニケーターは完成した。

「……っあ〜〜〜。やっと終わった〜」

フェイトは伸びをして、首を左右に曲げる。
相当凝っているのか、入念に何度も。
窓から見える街は、夜の装いにその姿を変え始めていた。
道行く人も足早だ。
そろそろ夕食の時間か、とフェイトは使用した部品の残りや道具の片付けに取り掛かった。
とりあえずクリフとの約束の時間には間に合った、このことでとやかく言われることはないだろう、とフェイトは手を動かしながら思う。
と、手の止まっているアルベルが目に入った。

「アルベル?もう終わったけど……。寝てる、わけじゃないだろ?」

アルベルは完成したコミュニケーターを凝視し、黙り込んでいた。
フェイトが寝ているのかと一瞬錯覚してしまったのは、その彼が微動だにしていなかったからだ。
腕を組み、顎をひいて椅子に座っているその姿からすれば、目を開けているのか判別がつかないのも仕方がない。

アルベルは、フェイトの呼びかけにも反応しなかった。
はぁ、とフェイトは一息ついて、再び機材の片付けに掛かる。
どうせ精神集中とか銘打って、邪魔したら邪魔したでまた怒ってくるだろうし――今までの経験からフェイトはそう考えていた。

と。

「おい」

背を向けたフェイトに、アルベルの声がかかる。

「?」

首を傾げて振り向くと、アルベルはコミュニケーターを手に持っていた。

「これと同じものを、もう1個作れ」

は、とフェイトは一瞬その動きを止めた。
アルベルの、その言葉の意図を探って思考を巡らすが、短時間ではその答えに辿りつくことができなかった。

「何のために、と訊いても?」

そんなもの、とアルベルは椅子の背もたれにふんぞり返る。

「俺のために決まってるじゃないか」

「僕は『何のために』って訊いたんだ。アルベルが他人のために作れなんて言わないだろ」

フェイトの言葉から逃げるように、アルベルはふいっと顔を横に向ける。

「別に……どうでもいいじゃないか」

「どうでもよくはないよ。
 今までどれくらい時間がかかったか、アルベルだってわかるだろ?
 同じ労力をかけなきゃいけないんだ。
 それなりの理由がないと承知できないよ」

腰に手を当てて、さぁ、と返事を促す。
優しいけれどどこか呆れたような視線が癪に障るのか、アルベルは舌打ちして顔を逸らす。

「二度と……御免だからな……」

「え?なに?」

ぽつりと零れたアルベルの声はフェイトには届かない。
素直に聞き返すフェイトだが、それ以上言いたくないのか、アルベルは口を噤んでしまう。

「もっとはっきり言ってくれないとわからないよ。……二度と、何?」

「〜〜〜〜〜」

睨み付けてくるアルベルは、まるで駄々をこねている子供のよう。
フェイトは思わず笑みを浮かべてしまいそうになるが、ここで笑ってはさらにアルベルは口を割ろうとしなくなるだろう。

「アルベル?」

「――わかったよ!言やいいんだろ、ったく!!」

機嫌悪そうに作業台に義手を叩きつけるアルベルに、フェイトは眉を顰める。

「んだよ、その言い方。別にイヤなら言わなくてもいいよ。その代わり、僕は作らないけどね」

今度こそ後片付けをしようと、再度アルベルに背を向けた。
機材の整理もそこそこに、工房の掃除にも取り掛かる。
しかし、箒はどこにしまってあったか、と道具棚の中を探すフェイトの手を、罰の悪そうな顔をしたアルベルが止めた。

「――言う気になった?」

アルベルは頷かない。
けれど、首を振ることもしない。
肩を竦めるフェイトだが、とりあえず箒を探す手を下ろし、俯きながらむすっとした顔をしているアルベルを覗き込む。

目が合った。
アルベルは恥かしそうに目を逸らし、そして口を開いた。

「――二度と御免だ。お前と……コトバまで通じないのは。だから――」

これこそぽつりと零れた言葉。
けれど、距離が近い分、今度はしっかりとフェイトに届いた。

フェイトは表情を変えることはなかった。
数回瞬きした後、静かに息をこぼす。

「機材も道具もほとんど片付けちゃっただろ。
それに、同じものを作るなら同時進行の方が早いんだ。
もっと早く言えよな」

そしてフェイトは、数時間前と同じようにアルベルに指示する。
同じ労力をかけなきゃいけないんだ――先程のその言葉には、明らかに面倒だといった気持ちが含まれていたのに、今のフェイトからはそのような感情は微塵も感じられなかった。

そんなフェイトに感謝しつつも、未だ心の中に渦巻く感情を持て余していた。

心までも支配していたい。
しかし、それは叶わないことで。
支配できないまでも理解したい。
いつの間にかそう願うようになって。
それでもそれはまだまだ叶いそうになくて。
それなのに、コトバまで通じなくなって。
けれど自分以外に言葉を理解するヤツはいて――。

「どうしたんだよ、アルベル。
 お前が言い出したんだからな。今度はアルベルが中心になって作れよ。
 もし壊れても、自分で直せるように。
 ――そんな嫉妬、二度と感じなくてすむようにな」

「――ッ!」

アルベルはカタナに手をかけたが、それが抜かれることはなかった。
見抜かれていた心、その通りだったから。










その後、工房では、慣れない作業に没頭するアルベルと、どこか機嫌よさげにそれを手伝うフェイトの姿が深夜まで見られたとか。

『ドーアの扉』では二日酔いから回復したクリフが、言葉が通じないせいで未だ酔っているのかと勘違いされ、挙句夕食にありつけなかったらしいが、それはまた別の話である。



アルフェイなのかフェイアルなのか、書いてる途中でわからなくなってしまってましたが。
アルフェイなんです、これでも!!(多分;)
後半、伝えたいことが巧く書けなくて、ちょっと錯乱してたりしました(これでもまだ納得いかないんだけど……)
フェイトに依存してるんだけど強がりなアルベルを書きたかったんだと思います。
ちょっとでも伝わっていればなぁと思います。

ちなみに、フェイトの意味不明セリフ(クリフも喋ってますが)、きちんと意味はあります。
一応法則性も持ってるので、解読しようと思えばできるかも(私のミスでそれにのっとってない部分はあるかもですが)