text : TALES OF SYMPHONIA
[ 信頼の証 ]
いつしか日課となったふたりだけの剣の稽古。
この日もそれは欠かさず行われていた。
が。
「あーも〜ッ!鬱陶しい!!」
2つの剣を振るいながら、ロイドは髪をかきあげた。
「いくら邪魔にならないようにセットしてるからって、こうもうざったいと……」
「旅に出て、もうだいぶ経つからな。仕方あるまい」
言われて、ロイドは目の前の人物――クラトスをしげしげと見る。
自分より、はるかに邪魔そうな前髪。
あれでよく戦えると思う。
「……なんだ」
「い、いや。なんでもない」
それより続きだ!――言いかけたところで、また髪が邪魔になる。
そんな様子を見てか、クラトスは瞑目し、細く息を吐いた。
「そんなに邪魔なら切ってやろう。髪を濡らしてこい」
「え?いや、別にいいよ。今日はたまたまセットが甘かっただけで……」
「そのたまたまの時に敵襲に遭ったらどうするのだ。短いに越したことはない」
「え〜!?俺、この髪型気に入ってるんだけど?」
「……………………………………………………。
何も髪型を変えろとは言ってない。もう少し短く揃えてやると言っているのだ」
短い問答のあと、ロイドは折れて、髪を濡らしにいった。
おそらく、ジーニアスに頼んでスプレッドあたりをかけてもらうつもりなのだろう。
その間、クラトスは鋏などの理容道具の準備にかかる。
と。
「あっははは!ロイドってば、超〜似てるよ!」
「え?そんなにか?」
「うん。外見からして」
何があったのかとクラトスがそちらの方を見てみれば、髪を濡らしたロイドと、それを手伝っただろうジーニアスが何やらふざけあっているようだ。
「何をしている。髪を濡らしたのなら早くこちらに来い」
それほどイラついているという自覚はないが、それでもクラトスの声は低い。
一見の者なら、これで幾分退いてしまうのだが、もうロイドとジーニアスは慣れてしまったのか、それほど気にもしていない。
「クラトスさん、見てよこのロイド。クラトスさんにそっくりじゃない?」
「ッ!?」
ロイドにしては目つきを悪くして、憮然とした表情をしている。
自分はそんなに目つきが悪く、そんな表情を浮かべるような人間だと思われているのか、などということは全く気にならなかった。
クラトス自身は鏡をよく見るようなタイプではないので、自分の顔がどうであろうと興味はないのだが……。
クラトスでさえ息を呑むほどロイドは似ていたのだ。
「『己の不運を嘆くのだな』 ……どうだ?声も結構似てたりするんじゃねぇ?」
「うんうん!あとは……身長だね〜。シークレットブーツでも履いてみる?」
「んな!確かに身長は負けてるけど……そんなのお前に言われる筋合いはねぇぞ」
「あはははは!」
ふざけあう彼らに悪意は感じられないが、それでも胸の奥が疼く。
ロイドの、内心では楽しんでいるだろうその様子にも。
本当のことを知ったら、一体どうするのだろうか。
それまで意識しないようにしてきたことが、ここに来て急に大きくなってしまう。
「……クラトス?――気を悪くしてしまったか?」
黙りこんでしまったのを、機嫌を損ねてしまったと勘違いしたのだろうか、ロイドにしてはすまなさそうな表情をしてこちらを見上げていた。
覗き込むように、と表現してもいいほどそれは至近距離で。
クラトスは不覚にも後退ってしまった。
「い、いや……そういうことではない。気にするな」
今自分がどのような表情をしているかわからないが、それはもう呆けた顔をしているに違いない。
そんな表情など、ロイドには――息子には見られたくないと思い、クラトスは顔を逸らした。
しかし、そんな仕種が、余計クラトスの怒りを表しているようにロイドには見えたらしく、珍しく落ち込むふうを見せる。
「ゴ、ゴメン……ホントに」
「……気にするなと言っただろう」
「でも……」
「もういいと言っている。さっさと髪を切って――」
稽古の続きを始めるぞ そう言いたかったのだが、クラトスはそれ以上続けることができなかった。
振り返ったクラトスは、ロイドのその目許に溜まった涙と、頬を伝う一滴に目を奪われていた。
それは初めて見るロイドの涙だった。
「ロイド、お前――」
クラトスのその言葉に気付いたのか、ロイドは慌てて目許を拭った。
「何でもない、何でもないからっ!」
クラトスの動体視力を舐めてはいけない。
クラトスには見えていた、さらに大粒の涙が溢れていくのを。
乱暴に大袈裟に拭って見せるのは、とめどなく流れる涙を誤魔化すためだろうか。
「何故泣く?」
これ以上ないほどの低い声に反応して、ロイドの肩が跳ねた。
「ゴメ……ホントおかしいよな。俺、こんなキャラじゃないのに」
「謝罪の言葉を聞きたいのではない。理由を聞きたいのだ」
先を促す声はどうしても不機嫌なものに聞こえてしまって。
しまったとも思ったが、もとからこういう声なのだし、そのように言ってしまったからにはもうどうしようもない。
それ以上口を開けばさらにロイドが涙を流しそうで、クラトスはそれを最後にロイドが理由を話すのを待った。
沈黙の時間は僅かだったはずなのに、クラトスにはその何倍にも感じられた。
永い時を生きてきて時間の感覚が麻痺しつつあったのに、その永さに比べれば一瞬にも満たない時間なのに、随分と重く辛く感じられた。
それは目の前で、ロイドが辛そうな顔をしているからだろうか。
「――――ゴメン」
「……………………………………………………」
「……ただ嬉しくって、それではしゃぎすぎた」
「……………………………………………………」
「その……クラトスが、髪、切ってくれるってのが……嬉しくて……さ」
「……………………………………………………」
「でも、クラトスが機嫌悪くして、髪切るのやめにしちゃうかと思って……それで悲しくなって……」
「……………………………………………………」
「ゴメン、こんなことで泣いたりして。……見損なったよ…な」
「……………………………………………………」
小声でぽつりぽつりと話しはじめたロイド。
クラトスは何も言わず、鋏や髪避けの布を準備してあった岩に歩み寄った。
何も言われないことに、ロイドは不安そうな視線でそれを見つめる。
「何をしている」
今度は身体ごと、ロイドはぴくりと跳ね上がった。
恐る恐ると向けられる視線に、クラトスは自分にできる限りのやわらかい表情を見せた。
「切って欲しいのだろう。だったらこちらへ来い」
初めは無表情で何を言われたのか理解していないようで、そして次にやっと理解したのか目を見開いて驚いた表情を見せて、しかし次に本当に構わないのかという疑問を示して、大丈夫だとわかってやっと嬉しそうな貌を見せた。
その間僅かだったが、ころころと変わる豊かな表情にクラトスは羨ましく思い、そして逆に寂しさも感じる。
自分の手で育てることのできなかった息子が、それだけ恵まれた表情を見せることに対して。
少し恥かしそうにして手ごろな岩に腰掛けるロイドの首に、大きめの布を巻きつけてやる。
湿った髪に櫛を入れ梳かしていく。
かかる前髪に、ロイドは目を閉じている。
さらに間近で見るその顔かたち――確かに自分に似ているが、その顔には別の面影も見ることができる。
クラトスの愛した、たった一人の女性の面影を。
少し躊躇ったが、ロイドの髪に鋏を入れた。
切り始めると、この時間がとても貴重なものに思えてくる。
少しだけ、揃える程度に切るだけだから、その時間はそう長くはない。
できることなら、この時間がもう少し続けばいいと思ってしまう。
髪に触れさせてくれるのはその相手を信頼しきっている証拠だと、どこかで聞いた覚えがあった。
刃物を持ってその髪に触れている今、それでもロイドが安心して目を閉じているのは、クラトスを信頼している以外のなにものでもないだろう。
その信頼を裏切ることになる――そう思うと、心の中が疼くのを感じた。
自分がこれから起こす行動は、ロイドの望む未来に繋がりはしないことをクラトスは理解している。
それでもそれは自らの選んだ道だから、躊躇いなくその道を進んでいくはずだ。
その時になってロイドにいくら罵られようとも構わない。
戦うことになっても――
「……クラトス?終わったか?」
止まった手に、ロイドが片目を開けた。
自分の世界に浸りかけていたクラトスは、慌てたことはロイドには悟られぬよう手を引いた。
何もなかったことを装って鏡を手渡してやる。
「へ〜。やっぱり剣に慣れてるだけあって、刃物の扱いも巧いんだな」
「関係ないだろう、それは。それより片付けを手伝え。ゴミはお前がだしたものなのだからな」
「わかってるよ。……――クラトス」
「……なんだ」
「また、頼むな」
屈託無く笑うロイドに、息の詰まる想いがした。
『また』――その機会があればいいと、そう願っている自分にクラトスは気付きたくはなかった。
クラトスとゼロス…本当に究極の選択ですよね。
初めに友人に聞いていた父子の関係が気になってたので、クラトスルートに突入したわけですが、クラトスルートでのゼロスの運命にもまた涙せずにいられませんでした。
そのあとでサモ3をやったので…スカーレルを見てはゼロスを思い出す日々でしたよ。
なんだかワタシが書くと、ロイドあたりがニセモノになってしまいますね。ま、その辺は笑って許していただけると嬉しいです。
あ、途中でジーニアスの存在忘れられてるように感じるかもしれませんが、クラトスが物思いに耽っている間に、勉強の続きをするために戻っていったのですよ。
決して存在を忘れていたわけでもなく、それ以上ジーニアスを書くのが面倒だったわけでもないですからね!(笑)