text : DRAGON QUEST VIII
[ 霹靂神の申し子 3 ]
エルトリオの発動させた呪文に気付いた討伐部隊が、そのあといくらもしないうちに駆けつけてきた。
部隊長からは、傍を離れるなと言ったのに、とこっ酷く叱られ、さらにバトルレックスには十分警戒するようにと注意を与えてあっただろう、ということでも叱られた。
王家の山に主に生息するバトルレックスが、この時期、子に狩猟を教えるため里山にも降りてくることがあるのだという。
覚えがなかったクラビウスだが、どうやらキャンプで任務開始直前に与えられていたもの――クラビウスが丁度聞き漏らしていたものがそうだったらしい。
これでは王家の儀式も延期した方がいいかもしれませんな――部隊長はそう皮肉っていたけれども、クラビウスは存外それもいいと思い始めていた。
まだまだ自分は未熟だから。
もう少し、己を鍛えてから挑戦したい――そう思うようになっていた。
その裏には、まだ強い兄に守られていたい……傍にいてほしいと、思う気持ちもあったのかもしれない。
さて、城に戻ったクラビウスは。
再びミンリーディンに呼び出されていた。
習得するしないは別として、封印を解いておかなければならない、と彼はクラビウスに話した。
「封印?」
「そうですじゃ。
ライデインの魔法の記された書物には呪がかけられておりましてな。
普通の者は読むことができませんのじゃ。
いくら魔力が高かろうと無理なのです。
ですから、私はいくら努力してもその魔法を習得することはできませんのじゃ」
前回と同様、ミンリーディンは書物をしたためながら慣れた様子で話す。
「その書物を読める者の条件というものがありましてな、第一に、サザンビーク王家の血を引いておらねばならぬというものがあります。
しかしそれだけでも不十分でして」
「その封印っていうのを解いておかないと読めないんだ」
「その通りですじゃ。
サザンビークに仕える魔術師が代々受け継いできた方法で、血に施された封印を解くのですじゃ。
そうすることによって、王侯所蔵庫にある魔法書を読むことが可能になります。
習得するしないは、クラビウス王子がお決めになればよろしいて」
そもそも王家の儀式に臨む条件に、血の封印が解かれていることというものもあるのだから。
この件に関しては逃げることはできないのだ。
――尤も、今のクラビウスは逃げる理由など全くないのだが。
「血の封印を解いたからって、すぐに儀式を受けなければいけないってことはないんだろ? 先生」
「そうですな。
ご自分がよいとお思いになった時期に挑戦なさるのがよいでしょう。
かといって、延ばしすぎるのは感心しませんがな」
「心配しなくても、それほど先に延ばしはしないよ」
もう少し、自分に自信が持てるまで。
早く一人前になることを期待している父王には悪いが、あと少し待ってもらおう。
封印は、思っていたより簡単に解けるものだった。
魔法の聖水を浸した筆で、何やら額に文字か紋様を描き、その後でミンリーディンが呪文を唱える。
たったそれだけだった。
血の封印というから、もっとおぞましいものを想像していたのだが、痛みも何も感じなくて拍子抜けしてしまった。
ライデインの魔法については独力で学ぶようにと、ミンリーディンは言った。
前回と同様、習得できるかどうかは才覚と努力次第だとも言っていた。
父も使えなかった魔法、ということでどのような構成なのか興味はあったが、しかし習得しようという意欲はあまり湧かなかった。
兄が使う様を見て、怖くなった、という訳ではないけれど。
あれを使うのは、兄のような人でなければと、そう思うようになっていたから。
城へ戻る道すがら、エルトリオは語った。
ライデインの魔法を習得したこと、そして先ほど詠唱したことに後悔はないと。
『だって僕は、大切な人を守るためにあの魔法を習得したんだから。
あの魔法でクラビウスを守ることができた、それだけで僕は嬉しいよ』
恐ろしいまでの威力を持っていても。
その力で奪い破壊してしまうものがあったとしても。
大切な人を守るためだから、それを乗り越えるのだと――兄の言葉の裏に、それを悟った。
正と負の両極を知り、それを受け止めることのできる強さを持たなければ、その魔法は習得できないだろうことも。
挑戦する前から諦める、というわけではないが。
自分ではきっと、ライデインは使えないだろうと、エルトリオの話を聞きながらクラビウスは思った。
兄にこそ相応しい、兄だからこそ呼び寄せられる、天の雷だと――
◇
「お久しぶりですな、クラビウス王」
目を患い隠居していたミンリーディンがサザンビーク城を訪れたのは、空がどこまでも高く青く澄んだ日のことだった。
隠居してからは1度も訪ねてこなかった老人が、久方ぶりに城に姿を見せたとあって、特に魔術関係の家臣の間ではちょっとした騒ぎも起こっていた。
師であるのはクラビウスも同様で、積もる話もあって、応接は玉座ではなく、王の個人的な客間で行われていた。
「階下でチャゴス王子のアルゴンハートを拝見させていただきましたよ。
大きなものですなぁ」
「…………」
「あれが王子の実力で得られたものなら、どんなによかったでしょうな」
あぁやはり、とクラビウスは肩を竦める。
この人に隠し事などできはしないのだ、特に目を患い、心の目で人と接するようになってからは。
以前にも増して、的確に心の中を読んでくる。
「しかも、お1人で儀式に向かわれたのではないようですな。
護衛をおつけになったとか」
「……それはどこで。
私と大臣、一部の人間しか知らぬはずだが」
学者の中には事情を知っている者もいるが。
ミンリーディンがサザンビークを訪れてからこの部屋に通されるまで、それを知るような時間はなかったはずだが。
その心を読んだように、ミンリーディンは笑う。
「城の者の心は読んではおりませぬよ。
護衛を務めた旅人の心を、ちぃっとばかし読ませていただいただけですじゃ」
「あの――カノト、という少年のか」
「そうですじゃ。
魔法の鏡をお貸しになられたそうですな。
しかし、肝心の魔力が宿っていないということで、私を頼ってきたようですじゃ」
ミンリーディンは国宝の研究者でもあった。
魔法の鏡の価値も知っていて、それを持ち出すことの重大さも知りえていたはずだ。
突然現れた、国宝を持つ旅人――何故それを持っているのか、ミンリーディンが少年の心を探るのは想像に容易い。
少年らの誠実さと口の堅さを信頼していたが――ミンリーディンの読心術にはさすがに敵わない。
「今回参上したのは、その少年に関してなのですじゃ」
「彼が――どうかしたか」
「いやいや、そう大したことではございませぬよ。
その少年、特別な目的を帯びた旅をしておるというし、これから強い魔物と戦うとも言っておった。
それならば、わしがちぃっとばかし魔法の手解きをしてやろうと思いましてな」
「先生が会ったばかりの少年に教えるか。
それはまた」
「才能もあるようじゃし、何より気に入りましてなぁ」
ふぉっふぉっふぉ と、昔と変わらぬ笑い方をする。
ミンリーディンに魔法を学んでいたあの頃が懐かしい。
「それで、王侯所蔵庫への入室を許可していただきたいのですじゃ。
わしと、その少年のな」
「いいでしょう。
彼は信用にたる人物だということは私もわかっているしな。
その成果、いつか見せてもらおうか」
「そうですのぉ……お見せできればいいのじゃがなぁ」
ふぉっふぉっふぉ ミンリーディンは苦笑していた。
珍しい、そう思いながらも、その意味を推し量ることはクラビウスにはできない。
奥が深いお人なのだ、この師は。
「チャゴス王子の血の封印は解かれましたかな」
「あぁ、カルツォが儀式の1年も前にな。
チャゴスめ……1年も儀式から逃げおって」
入室許可の書類をしたためながら、クラビウスは表情を苦くする。
「貴方様も間がありましたからなぁ」
「それでも3月だ。
それに、逃げていたわけではなく、勉強していただけで」
「そうでしたな。
結局ライデインは習得されなかったのでしたな、クラビウス様は」
「才覚がなかったのだよ。
それに、あれは習得するつもりで勉強していたのではないよ。
父が習得できなかったものがどんなものか興味があっただけで」
「チャゴス王子はどうですか」
「……ダメだろうな。
カジノにばかり行きたがるのだ、アヤツは。
魔法学のほかにも帝王学、その他諸々学ばねばならぬというのに」
カルツォとは、ミンリーディンの1番弟子で、現在サザンビークの魔術師を束ねている者だ。
カルツォもまた多く生徒を育ててきたはずだが、彼の手にも余るのだ、クラビウスの息子は。
カルツォによって血の封印が解かれはしたが、チャゴスには魔法書を読むことができなかった。
書かれている文字を認識しても、内容がまるで理解できない。
そこまで魔法の下地が整っていなかったのだ。
「兄が行方不明の今、ライデインはこの世から失われてしまったのだな」
昨今、魔物はどんどん力を増している。
大切なものを守るためには、強い力が必要となってくる。
今こそ、あの呪文と、それを使える清く正しい者が求められるというのに。
兄が行方を眩ませて、もう、20年近くが経とうとしている。
「そう悲観する必要もないですじゃよ、クラビウス王」
悲嘆の息をついたクラビウスに、ミンリーディンは語る。
その根拠までは言及しなかったが。
それから半刻ほど懐かしい話に花を咲かせて、ミンリーディンは退室していった。
その際、侍女に少年を連れてくるよう言付けていた。
どうやら城内に待たせていたらしい。
玉座に向かう途中、クラビウスは件の少年と擦れ違った。
「お久しぶりです、王。
今回はご挨拶もせずに申し訳ありませんでした」
「ミンリーディンの付き添いであろう、構わぬよ。
存分に勉強してきたまえ」
「はい、ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、少年はミンリーディンの待つ部屋へと向かっていく。
その後姿を見守りながら、先程の会話の中で、ミンリーディンが口にしていたことを思い出す。
『あの少年の名は、我々とは異なる種族の言葉に由来しているようでしてな』
懐かしむように、ミンリーディンは語っていた。
『「雷の申し子」と、そういう意味だと記憶しておりますじゃ』
クラビウスがミンリーディンのその言葉の真意を知るのは、そう遠くない未来のことである。
別に分けなくてもよかったんですけどねー
あんまりファイルサイズ大きいの好きじゃないんで分けておきました
とりあえず終わりです
ふー、満足☆
言い訳を長々としたいのですが、それこそファイルサイズが大きくなるので割愛します
別ページで言い訳してるので、読みたい方はコチラからどうぞ